約1000民族から収集した音楽をデータベース化 Global Jukeboxが“民族音楽”を取りまとめる意義に迫る

 世界中の人々と繋がれるSNS社会。すべてがデバイスの液晶に収まると思いがちだが、実際の世界は広大で無数の人や文化が存在し、1回の人生で多様性のすべてに触れることは不可能だ。しかし先日リリースされた伝統芸能データベース「Global Jukebox」により、音楽や芸能においてはそれが可能になるかもしれない。

 これは約1000民族から収集された5000件以上の音声記録と、コード化された音楽情報の集積。地図から選択した地域に存在する音楽を手軽に聴くことができ、その数とデータ量が膨大で有益だとネットで話題になった。特に37項目で音楽を分類する「カントメトリクス」を使った比較分析は大きな見どころである。

 今回、リアルサウンドテックでは、本システムの開発に関わった17名の研究チームのメンバーである慶應義塾大学環境情報学部のパトリック・サベジ准教授、同大学院の政策・メディア研究科修士課程である大穀英雄氏にインタビューを実施。「Global Jukebox」は、どのようにして、なぜ生まれたのかを語ってもらった。(小池直也)

パトリック・サベジ氏(左)、大穀英雄氏(右)

ーー「Global Jukebox」がリリースされ、SNSで話題になっていました。このようなシステムはいままでになかったので驚きです。

パトリック・サベジ(以下、サベジ):Twitterでのリツイート、いいねなどの反響がすごかったです。温かいフィードバックが嬉しかったですね。

大穀英雄(以下、大穀):インドの新聞「テレグラフ」からも取材を受けました。研究者の方もたくさん見てくれたようです。

サベジ:学術論文の形で発表してからリリースに至りましたが、ベータ版は5年くらい前に出していて「ニューヨーク・タイムズ」でも取り上げられました。メタデータの不具合やデータをダウンロードして分析できないなど、不完全だった部分は5年間で修正・分析して信頼性の高いフォーマットにしています。

 ベータ版が60%なら、今回は90%といったところでしょうか。ただ、これだけ大きなデータベースなので、完全に合っているという段階には永遠に達することはないため、修正を繰り返さないといけません。

ーーこの研究はどのようにスタートしたのでしょう?

サベジ:プロジェクトが始まったのは戦後まもなくです。もともとは民族音楽学者のアラン・ローマックスが戦前から黒人の伝統音楽を録音して紹介したり、世界中の民族音楽に興味を持ったところから始まりました。

ーーローマックス氏はアフリカン・アメリカンのブルースに光を当てた功績について語られることが多いですが、世界の音楽にまで目を向けていたとは驚きです。

サベジ:戦後まもなくスペインやイタリアの音楽を録音したり、カリブ諸島に行ったりしているんですよ。「Global Jukebox」の音源も1000曲くらいは彼が採集したもので、音楽と社会構造の関係があるかもしれないと仮説を立て、それを何十年も科学的な方法で検討しようと努めたんです。

 ただドイツのナチスによる人種差別や迫害によって「文化比較は危ない」という批判もあり、比較研究が進んだのは21世紀に入ってからでした。

 

ーーなるほど。多様な世界中の音楽を具体的にどう比較するのですか?

サベジ:ローマックスは音楽を37の要素から分析する「カントメトリクス」という考え方をもとに、音楽のパターンから社会や民族の移動について主張しました。これは民族音楽学のなかで大論争になりましたが、当時はインターネットもなく決着がつかないまま彼は2002年に亡くなります。

 それから彼の娘であるアナ・ローマックス・ウッドが残されたデータを20年かけてデジタル化していったんです。2002年といえば、まだ大穀さんは赤ちゃんですが(笑)、僕は2012年ごろから大学院で「カントメトリクス」の研究を始めて、アナさんと出会いました。最初は父の研究を盗もうとしているんじゃないかと思われたみたいですが、論文を書くことでリスペクトが伝わり、一緒に研究させてもらえるようになったんです。

大穀:僕は慶応大学に入学した時に、新しいラボの最初の生徒として参加しました。そこではベーシックな「カントメトリクス」の研究をして、大学院生になってから本格的にプロジェクトに参加させてもらっています。ローマックスのもともとのデータはテープ録音で、メタ情報は紙記録。僕はエクセルで、そのデータのエラーなどをチェック・修正したり、文化と文化の距離を計算したり、それが近い音楽を比較したりする作業を担当してきました。

サベジ:アナさん自身は文化人類学者なので、計量的な分析は僕が代表を務めているCompMusic Labが得意分野なんです。特に大穀さんはデータサイエンスや可視化が上手なので論文中の地図やデータ整理をお願いしています。

ーー「カントメトリクス」の概念について、もう少し詳しく教えてください。

サベジ:簡単に言うと、ある音楽がひとりで歌われているのか、集団で歌われているのかや、その楽器の伴奏の有無、また声が日本の民謡みたいにつぶして響かせるのか、アフリカの歌みたいに広く響くのか、拍子が規則的なのか否かなどの37項目をさらに5段階に分け、人間の耳で記録していきます。あとは繰り返しがどれくらいあるのかとか、色々な要素を含みますね。

 以前は五線譜を使ってメロディやリズムで分類することが多かったのですが、それでは西洋中心主義的になってしまう。だからアラン・ローマックスは、世界のどの音楽にも適用できる方法として「カントメトリクス」を考案したんです。

ーー作曲家のバルトーク・べーラが民族音楽を収集したという有名な逸話があります。あれは採集したメロディをキー=Gに統一して並べ、節回しなどもできるだけ細かく記述していったといいますが、それについては?

サベジ:たしかにバルトークの研究も価値があります。ただ日本の民謡、アフリカにおける狩猟採集民族のポリフォニー、インドネシアのケチャなどは五線譜だけでは音楽的な本質が失われる恐れがあります。

ーーなるほど。では「カントメトリクス」を用いて、距離が近い/遠いと判明した音楽の事例などはありますか。

大穀:僕はインドと日本のミックスなのですが、インド音楽の分析をしました。北ではヒンディー語、南はタミル語やケララ語が話されていて、伝統音楽の呼び方も前者は「ヒンドゥスターニー」、後者は「カルナーティック」です。現地の人に聞くと「違う音楽」と言われるのですが、「南の音楽A」と「南の音楽B」の距離は「南の音楽A」と「北の音楽A」の距離よりも遠いことが分かりました。

 この場合、地域間や言語による違いよりも、同じ地域のなかでの差異の方が大きくなるんですよ。これは仮説にすぎませんが、理由としては同じエリアにおけるコンペティションや自分の音楽を目立たせようとすることが要因だと考えています。それは実際に曲を聴いてもらっても理解できるのではないかと。

サベジ:日本本土とアイヌの音楽は全然違いますよね。僕も民謡大会で歌ったりするのですが、日本の民謡は装飾音が多かったり、リズムが不規則的だという点でアラブ地方の音楽と似ています。歌い方もメリスマティックかつ絞り出すものが多い。

 これをアラン・ローマックス氏は「日本本土とアラブは上下関係が激しいため、伝統音楽に心理的なストレスが現れている」と主張しました。でも僕を含めた他の意見では、シルクロードの影響によるものだと考えています。日本の楽器や文化は大陸を通じて古代アラブ文化と繋がっていますし、そう考えた方が腑に落ちますよね。

 一方でアイヌの音楽「ウポポ」を「カントメトリクス」で分析すると、日本やイスラムの音楽よりもアフリカの狩猟採集民族のムブティなどの集団輪唱的に歌うポリフォニーと似ているんです。これをローマックスは「平等性の強い社会で多い事例」だと主張しました。僕もそれはあると思っていて、統計的にも相関があると思われますが、歴史的な関係があるかは調査中です。実は北極圏の音楽と似ているという研究もあるんですよ。

<参考記事>
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/17411912.2015.1084236

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