連載「わたしたちの『Live』」 第五回:かんざきひろ

『俺妹』や姫森ルーナの絵を手がけるかんざきひろ。音楽家としての一面も持つ“多彩な活動論”に迫る

 DTMが普及するなかで、プロ・アマチュア問わず様々なアーティストがDAWを使うようになった時代。アーティストたちはどのような理由でDAWを選び、どのようなことを考えて創作しているのか。また、キャリアを重ねるうえで、自身のサウンドをどのように更新しているのか。

 『Live』でお馴染みのAbletonとタッグを組み、それぞれのアーティストのDAW遍歴やよく使っているプラグインやエフェクトなどを通じ、独自の創作論に迫っていく連載企画「わたしたちの『Live』」。第五回目となる今回は、イラストレーターとしてライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の挿絵や同作のアニメ化におけるキャラデザインや、VTuber・姫森ルーナのキャラデザイン、ボンズ製作の作品などでのアニメーターの活動、Hiroyuki ODA、鼻そうめんP、HSP名義での音楽活動などを行なっている「かんざきひろ」が登場。その多才な活動における創作論について、じっくりと話を聞いた。(編集部)

トランスプロデューサーとして、Armin van Buurenにフックアップされるまで

――かんざきさんは「Hiroyuki ODA」名義で最初の音楽活動を始めたんですよね。そこに至るまでのルーツをまずは伺いたいのですが。

かんざき:中学生のころに小室哲哉さんに影響を受けて、自分もシンセサイザーに興味を持ち始めました。

――実際に機材を買ったのは、何歳くらいのときなんですか?

かんざき:正確には覚えてないですけど、中学のころにはパソコンを持ってたんですよね。その内蔵音源をMusic Macro Languageで書いたプログラムで鳴らして、みたいなことをやっていたので、そこが音楽制作暦でいえば一番最初のところです。でも、PCの内蔵音源って音の数がめちゃめちゃ少なくて、FM3音にSSG3音くらいしかなかったので、音楽を作るうえでは不満で、友人が持っていたMIDI音源を借りたんですよ。最初に借りた音源は、Rolandの『SC‐55mk2』というもので、そのあたりから打ち込みでの音楽制作にハマっていきました。当時はSNSなどもなく、パソコン通信とかの時代ですから、いまのようにYouTubeに楽曲を投稿するのではなく、掲示板や自分のHPなどにMIDIの演奏データだけを投稿してたんですよ。

――小室さんを経由してどのようにクラブミュージックへ興味を持っていったのでしょうか。

かんざき:僕が小室さんの影響を受け始めたころは、もうTM NETWORKが活動終了しかかってた時期で、そのあとにTRFなどのダンスミュージックが主体になってくる時期だったことも大きいです。そうすると邦楽だけじゃ物足りなくなってしまって、レコードショップにあった洋楽のおすすめトラックを聴いて影響を受けたり、自分もそういう音楽を作ってみたいと思って真似をするようになっていきました。

 学生のころはビッグビートやユーロダンスなどが流行っていて、そのあたりの影響を受けてたんですけど、当時のハウスミュージックによく使われていたTR-909(Roland)の音が出せるMIDI音源は、当時なかったんですよ。どうにかしてあの音を出したいと思ってたんですけど、できなくて悔しかった思い出があります。それで手持ちのMIDI音源に不満がたまってきたころ、当時Rolandが『XP‐50』というシンセを出していて、エクスパンションボードという追加で音源を拡張できる基盤のなかに「DANCE」というTR‐909の音も含まれている、まさに自分が求めていたものがあったんです。それを使いたくて、アルバイトなどでお金を貯めて購入しました。

――キャリアの転機はやはり、〈Sevensenses recordings〉からリリースしたことでしょうか。

かんざき:そうですね。そのころはホームページをみんながそれぞれ作っていた時代があって、自分もシンセを使って作った楽曲を公開していました。それを気に入ってくれた〈Sevensenses recordings〉の代表である松永さんから「うちのレーベルで曲をリリースしないか」という話をいただいたんです。

――それが結果的に、Armin van Buurenにフックアップされるところまで繋がったという。

かんざき:本当にタイミングがよかったんですよ(笑)。ちょうどアーミンが来日するクラブイベントがあって、そのときにDJとして共演していた松永さんを通して渡していただいたら気に入ってくれて、帰国後すぐにラジオ番組の『ASOT』でプレイしてくれたことで、色んな方に聴いていただけました。

Hiroyuki ODA - Transmigration (ASOT060)

――当時のインパクトはすごく大きかったと思うんですけど、フックアップされたときの心境はどうでした?

かんざき:めちゃくちゃ嬉しかったんです。でも日本のトランスのシーン自体が、そのころはそこまで盛り上がってないんですよね。たしかに2000年ごろにトランスは流行りましたけど、そこからちょっとおかしな方向にいって、急に見向きもされなくなっちゃった時代があって……。そのときに自分はヨーロッパで流行ってる正統派なトランスを作り続けていきたくて、声をかけてくれた〈Sevensenses recordings〉の松永さんともそこで意気投合して、という流れがあったんです。だから、それがアーミンに響いて評価されたのは嬉しかったですね。

――トランス系の楽曲を作り始めたのが20歳前後。ということはすでにイラストレーターやアニメーターの仕事はスタートしていたころですか?

かんざき:仕事と並行して楽曲を作っていました。仕事は絵の方がメインで、音楽は趣味の延長上で、というのはいまも変わっていません。元から音楽をプロでやっていこうという気持ちはなかったんですよ。音楽だけで食べていけるとは思っていなかったので。

――キャリアの中で『Live』を使い始めた時期はどのあたりだったんですか?

かんざき:『Live 5』からですね。店頭でデモをやっているのを何度か見て、実際にいじってみたりして「使いやすいな」と思ったのがきっかけです。ループベースで止めずに作っていくみたいな形も、当時は結構画期的なシステムで。それまで使っていたCubaseなどの別のソフトは操作が面倒くさいなと思って、結構不満がたまっていて。そんなときに結構直観的に使える『Live 5』が気になり、買ってみたところからです。

――『Live』を使いつづけていくなかで、ほかのDAWに移ることはなかったのでしょうか。

かんざき:Logicなんかに手を出したりはしましたけど。でも『Live』が一番使いやすいですね。

かんざきひろの制作環境(写真=本人提供)

――どんな部分がかんざきさんにフィットしていると感じますか?

かんざき:たとえばルーティングの仕方も、『Live』はすごく分かりやすいんですよ。他社のソフトだと複雑すぎてわからなかったりするので。あと、昔からウィンドウが1枚で済むようなフラットデザインの構成になってるじゃないですか。それも自分にとっては好みでしたね。

――たしかに、見やすさやUIの分かりやすさはありますよね。『Live』を使っていく中で、さまざまなアップデートもありましたが、そのなかでもかんざきさんが一番大きかったと感じる変化は?

かんざき:1番は動作が安定したことですかね。『Live 8』くらいのとき、バグがなかなか改善されない時期があったんですよ。そのときは乗り換えを考えたくらいなんですけど、それから長く待たされた末にやっとリリースされた『Live 9』で多くの機能追加でかゆい所に手が届くようになり、「神アプデだ!」と興奮しました。

――お気に入りの機能やよく使っている機能はありますか?

かんざき:EQは基本内蔵のもの(「EQ Eight」)を使ってますね。「EQ Eight」は『LIVE 9』からスペクトラムアナライザーが表示されるようになって、視覚的に調整がしやすくなって、制作するうえでも非常に嬉しいものでした。あとは同じく9から搭載されたGlue Complessorも気に入っていてよく使うエフェクターですね。

――楽曲を作る際の「自分らしさ」や「ルーティーン」についても教えてください。

かんざき:自分の場合はセッションビューにとりあえずループを作って、ビルドアップ、メインなどシーンごとにまとめて、そこからアレンジビューへ録音、その後オートメーションの作成、という感じです。あまり変わったことはしていません。ただ、セッションビューでは何パターンもシーンの検討を重ねたりします。また「自分らしさ」かどうかは分かりませんが、「EQ Three」という、仕様上差すだけで少し音が変化するイコライザーがあるのですが、それをミッドベースなどに差すと好みの音になるので定番として使っています。

――外部も含めた音源やシンセの中で、お気に入りでよく使っているものは?

かんざき:よく使うのは「Spire」ですね。リリースされた直後くらいから使っているんですが、市販されているプリセットが多いので面倒くさがりの自分には合ってるかなと(笑)。

――お仕事用のペンタブだったり音楽の制作機材だったりと、セッティングも大変だと思うんですが、制作環境はどのように整えられてるんですか? 

かんざき:ここ1〜2年ほどは音が出せない環境にいたので、曲を作るときのモニターはヘッドホンだけの状態だったんです。それまではアニメスタジオに机を借りて仕事していて、家に帰ってきて時間があるときに曲を作っていたんですけど、子どもが生まれてからは、中々家で作業することが難しくなってしまって。仕方なく近所のシェアオフィスみたいなところを借りて仕事してたので、仕事中も音が出せなくて。最近になってアパートの一室を借りて拠点にしたので、制作できる環境を構築し始めています。

――なるほど。いまからどんどん機材は増えていきそうですね。

かんざき:ただ、ここもいつまでいるか分からないので、なるべく撤退もさっとできる最低限のもので済ませようかなと。子どもが小学1年生なので、もう少し大きくなって落ち着いたら、自宅での環境を整えていきたいです。

――ライフステージの変化に対応してきたんですね。

かんざき:ええ。だから今はやっと音は出せるようになったんですけど、築古のアパートで道路沿いに面してるので、めちゃくちゃうるさいんですよね。

――また新たな問題ですね。

かんざき:それはそれで曲作るのには向いてないんですけど、追々対策を考えようかなと。なのでここ1〜2年はMacbookとヘッドホンとオーディオインターフェイスと小さいMIDIキーボードだけで作っていました。

――本当に最小限のセットで。

かんざき:キーボードすら別になくてもいいですけどね。やろうと思えば『Live』はPCのキーボードでも音が出せるので。

――かんざきさんの制作手法としては、最小限であまりいろんなものを広げすぎずに作るのがお好きなのでしょうか。

かんざき:そうでもあるんですけど、たとえば音作りに凝り始めると止まらなくなっちゃうんです。自分は曲作りの時間が限られていて、仕事の合間などの少ない時間でしかできないので、音にこだわりだしたらなにもできないんですよね。なのでとりあえず最低限の時間で作るには、音はあるものからいじるほうが楽だなと。

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