にじさんじ 葛葉、叶、ROF-MAOによる、強烈に「ポップ」な一夜 『Aim Higher』に感じたアーティストとしての成長

 2番手に登場したのは、この日Lantisからメジャーデビューとなった叶である。薄水色・青白さすら感じられるペンライトの波のまえに立った彼も、デビューミニアルバム『flores』のCDジャケットとおなじ衣装を着飾った3Dモデルで登場した。

 1曲目に披露したのは先行リリースされていた「ブロードキャストパレード」。パステルカラーの柔らかい色合いでライトアップされた舞台を、黒子のダンサー2人とともにステージ左右いっぱいまで使って歌い踊っていく。配信で見られる穏やかな笑顔もバッチリと表現され、スウィンギーなナンバーにもピッタリだ。

 2曲目には「天才ロック」をカバー。黄色一色にライトアップされたステージのうえ、知的で理性的なイメージが強い彼にピッタリなラブソングを、こちらもバッチリと歌い上げてくれた。

 「こんばんは〜! 叶です! アーティストとしての叶を知っていただければと思います!」とMCをしたあと、徐々に彼の心境や温度感が観客にも伝わっていくことになる。

 2曲歌い上げた直後とはいえ、大きく息を吐いているのがマイクに何度となく入っていたり、ソロMCも口調・言葉選びからしていつもと少し違ったり、水を何度も飲み、珍しく言葉を噛んでしまうシーンも見せるなど、とにかく落ち着きが見えてこない。

 「1曲目は緊張がすごかった」といつも通りに話し始めた叶だが、普段の配信やイメージからは想像できないほどにカチコチに緊張しているのが、徐々に観客に伝わっていくのを感じた。

 「1万人レベルの観客を目の前にすること」「メジャーデビュー当日、初めてライブ披露する曲も多いこと」「1月に開催されるはずだったライブのリベンジ」この日のライブは、叶にとってあまりにもプレッシャーがかかる舞台だったのは間違いがない。普段の彼を知る者ならば、この姿がいかに異常事態なのかが分かったはずだ。

 彼にとって良かったのは、この後に続く楽曲が以前に歌ってみた楽曲としてすでにリリースされていた「エンヴィーベイビー」「ダウナーウィッチ」の2曲だったことだろう。前2曲でのダンスとはちがい、振り付けも激しいものではなくゆっくりと身振りをする程度であったこともあり、メロディを上手くとらえて歌い、持ち前の柔らかな声・トーンでしっかりと観客の心を捉えていった。

 特に「ダウナーウィッチ」のビート・グルーヴがコロコロと変わっていく流れにもうまくノリながら歌っていく姿を見れば、少しずつ緊張感も解けていったのが感じられた。「この2曲は公開時何度も録りなおした、思い出深い曲ということで歌いました」とMCで話していたが、まさにその経験を糧にして窮地を乗り越えたかのようですらあった。

 5曲目にはバンドサウンドが前に出た「ANEMONE」を披露すると、6曲目には自身も出演するメディアミックス作品『Lie:verse Liars』の主題歌となっている「ハルを追いかけて」を歌い上げた。

 同曲は今回が初めてフルサイズで届けられた機会だったが、マイナーキーを主にしたギターサウンドがとても印象的で、せっつくように進んでいくサウンドのなかで落ち着きある叶の歌声が感傷的なメロディとストーリーテイストの歌詞をなぞっていくという、対照性がとても輝く1曲であった。

 彼が発表した『flores』というタイトルが顕著だが、この日のライブ映像の多くで「花」が印象的に使用されていた。パっと華麗に咲いたあと、枯れることを宿命づけられた花びら、その刹那の美しさを彼はうまく自身の表現に落とし込もうとしてきたのが、スクリーン演出からも伝わってきた。

 7曲目にはベースサウンドがグっと効いた「パメラ」を、8曲目にはYOASOBIの「群青」を、それぞれカバーした。「この5年で感じたことに共感するところが多くて2曲を歌った」と選曲理由を語ると、おもむろに客席の反応が見たいと口に出す。それは穏やかというよりもひっそりとした声で、観客に微笑みかける。一階席から二階席へと順々に指示をすると大きな拍手と波立つペンライトが会場を包む。

 その光景を「星空みたい」と表現した叶から、序盤の緊張はまったく感じられない。最後に「僕を僕たらしめる大切な曲です」と初披露したのは、2022年7月7日にYouTube上で公開された「花束の行方」だ。

 「パメラ」「群青」「花束の行方」と並んだ3曲の歌詞からは、強い孤独・無力感に苛まれながら、「すきなこと」「やりたいこと」を突き詰めて達した境地のなかで、「あなたの隣が良い」と選び取るストーリーを想起させてくれる。

 連日に及ぶ深夜配信や生配信を共にしてきたVTuberファンやにじさんじリスナーにとって、このストーリーは決して架空や仮想のものではなく、ある程度のリアリティを持ったストーリーとして受け取れるはずだ。

 拭いきることのできない感傷的な切なさを引き連れながらも、これから「あなた」とともに歩んでいきたいという叶からのメッセージでもあり、ファンから叶へと送るメッセージにもなりうる。そんなコミュニケーションを強く感じさせてくれるパフォーマンス・メッセージのように感じた。

 歌いきった後、深々と頭を下げ、少し長い時間をかけて礼をしていた姿が忘れられない。すべてをやり切った後も、彼の表情はにこやかな笑顔に包まれ、満足そうであった。

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