圧倒的な臨場感を耳元で実現する「空間オーディオ」の世界 スマホとイヤホンだけで楽しめる最先端の音像に迫る

圧倒的な臨場感の「空間オーディオ」

 テクノロジーの世界で使われる言葉は日々変化するもの。近頃よく聞くようになった言葉や、すでに浸透しているけれど、意外とわかっていなかったりする言葉が、実はたくさんある。

 本連載はこうした用語の解説記事だ。第 19回は「空間オーディオ」について。Apple MusicやAmazon Musicで、立体的な音が楽しめる「空間オーディオ」の利用ができるようになったが、なぜ特別な機材も使わずに立体的な音を感じることができるのだろうか。立体音響の仕組みについて紹介しよう。

 ・左右方向の立体感を実現する「ステレオ」

 人間は、左右の耳に入る音の微妙な時差や音の大小などを頼りに、音源の遠近や上下左右を認識している。一方、何かの媒体(テープでも蝋管でもICレコーダーでも)に音を記録する場合は、耳の代わりに入力機器(マイク)を利用する。このとき、基本的に1つのマイクでは、そのマイクに届く音しか記録できない。このため、いわゆるモノラル音源では、音の時差などがないため、音源がどの方向にあるかはわからない(距離感は音の大小として表現される)。

 そこで、マイクを左右2つに増やし、それぞれの音を別のチャンネルとして扱い、左右のスピーカーに分けて再生するようにしたのが「ステレオ音源」だ。ステレオ音源では右と左のスピーカーでそれぞれ別の音(振幅差のある音)を再生することで、楽器や歌手が左右に分かれていたり、自動車などが右から左へ動いていくのを体感できる。つまり音が立体的に聞こえるわけだ。

Apple「WWDC 2020 Special Event Keynote」より

 現在流通している音源の多くはステレオ音源だが、強制的にステレオとモノラルの違いを体感することもできる。iPhoneの場合であれば「設定」→「アクセシビリティ」から「モノラルオーディオ」をオンにすることで、ステレオ音源の曲もモノラルで再生されるようになる。Androidであれば「設定」→「ユーザー補助」の「モノラル再生」にチェックを入れればOKだ。普段よく聞く曲(ロックやメタルなどがわかりやすい)で音の方向に注意しながら聞いてみてほしい。

 

 ・多チャンネルで立体感を表す「サラウンド」

 前述の仕組みを発展させて録音するマイクを増やし、対応して再生するスピーカーを増やしていけば、さらに前後や上下の音を割り当てることもできる。こうした仕組みで更なる立体感を味わえるのが「サラウンド」だ。ホームシアターやゲームなどでサラウンド構成のスピーカーシステムを利用したことがある人ならば、後ろから爆発音がしたり、すれ違った人の足音が近づき、遠ざかっていくような、文字通り音に「囲まれる」ような体験をしたことだろう。手元にサラウンドシステムがない人でも、ある程度音質にこだわった映画館に行けば、サラウンドの感覚は掴めるはずだ。

Apple「Apple Musicの空間オーディオ l 新次元のサウンドへ」より

 サラウンドシステムでは主に各方向のチャンネルのスピーカーと、低音部を司るウーファーを併用することで立体感を高めており、チャンネル数とウーファー数を「5.1ch」(スピーカーx5、ウーファーx1)や「22.2ch」(スピーカーx22、ウーファーx2)といった表記で表している。

 ・2chでも立体感を味わえる「空間オーディオ」

 サラウンドシステムは非常に臨場感のある音を楽しめるが、コスト的にもスペース的にも、楽しめる状況はかなり限られる。そこで、ステレオスピーカーでも気軽に立体音響を楽しめるような技術が研究されてきた。これがいわゆる「空間オーディオ」(またはバーチャルサラウンド、擬似サラウンド、イマーシブオーディオなどと呼ばれる)技術だ。ヘッドホンのドライバー数が足りない場合でも、かなり立体感のある音を体験できる。

Apple「WWDC 2020 Special Event Keynote」より

 空間オーディオ技術にはさまざまな種類があるが、基本的には元の音源の位置情報をベースに、位相差を演算して耳に届く際の音を擬似的にサラウンドで再現するものだ。中には、ステレオ音源のように元の音源の位置情報がない場合でも、音源の位置を推定して立体音源を構成してしまうものすらある。

 こうした技術には、Apple MusicやAmazon Music HDで使用されている「Dolby Atmos」、あるいはAmazon Music HDの「360 Reality Audio」などがある。どちらも複数チャンネルおよび、各チャンネルに含まれない「オブジェクト」の音源情報を扱うことができ、左右に加えて上方向からの音も感じることができる。ただし、いずれのサービスにおいても、基本的に空間オーディオに対応した音源でなければ、空間オーディオの効果を体感することはできない。また、再生環境に応じて再生用の信号を再構築する必要があるので、再生には相応の処理能力が必要になる。

Apple NewsRoomより「Logic Pro」の空間オーディオミックス機能

 これらの空間オーディオは基本的に任意のスピーカーやヘッドホンで利用可能だが、Apple Musicの場合、AirPods(第3世代)やAirPods Pro、AirPods Max、Beats Fit Proでは、ヘッドホンが搭載しているモーションセンサーを利用し、顔の向きによって音源の位置が変わる「ダイナミックヘッドトラッキング」も利用できる。この機能を利用すると、あたかも目の前に実際に音源があるかのように、右を向けばこれまで正面にあった音源が左に、右にあった音源が正面にあるかのように再生される。寝転がろうが本当にその場にいるかのような臨場感を味わえるわけだ。

Apple「WWDC 2020 Special Event Keynote」より

 こうした技術は単に現在の音楽コンテンツの価値を高めるだけでなく、VR時代には、「その方向から聞こえてくる音」をサポートする意味でも重要になってくるはずだ。ワイヤレスイヤホンも低価格化が進み、ノイズキャンセルなどの機能も充実してきたが、これからは空間オーディオもサポートしているかどうかが重要なポイントになってくるだろう。

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