メタバースとは何か? SF文脈とバーチャルリアリティ学から読み解く「メタバースの定義」
メタバースの定義:実現に必要な七要件
現在「メタバース」という言葉が使われるとき、大まかには「リアルタイムに大規模多数の人が参加してコミュニケーションと経済活動ができるオンラインの3次元仮想空間」を指すことが多いです。いよいよその具体的な定義について見ていきましょう。
かつてのセカンドライフブームの頃と比べて、今日ではインターネット環境やパソコンのスペックが飛躍的に向上しました。VR元年と言われた2016年には、ついにOculusとVIVEの2社から一般ユーザー向けの普及用VRゴーグルが発売され、個人でも仮想空間の体験を楽しむ環境がようやく整いつつあります。次章で解説するソーシャルVRなど、具体的なサービスも始まりました。
こうしておぼろげながら未来への見通しが立ってきたなか、Roblox社CEOのデイビッド・バシュッキなど、現在数多くの有識者が今後我々が向かうべきメタバースの具体的な概念・定義を提案していますが、未だ統一した見解は存在しません。メタバースは今まさに進化の最中にある概念であり、1980年代に今の「インターネット」を想像するのが難しかったように、今後もメタバースが当たり前のものとして普及するその時までその見解が完全に一致することはないでしょう。ただし、「大規模性」「経済性」「アクセス性」「没入性」は定義の中で挙げられることが多く、以下の理由から私も必須だと考えています。
「大規模性」:一つの仮想空間に非常に大きな人数を同時に集めてコミュニケーションを行う概念です。インターネットやサーバー技術が発達して、実現する可能性が見えてきたことで追加された概念です。現実同様の大規模イベントや会議を行うために必須です。
「経済性」:先述のとおり『バーチャルリアリティ学』でも特筆されていた概念です。実際にさまざまな仮想空間でユーザー同士の経済活動が可能になり始めたことにより、必須として考えられるようになりました。
「アクセス性」:外出中やVRゴーグルが使えない状況など限定された環境であってもアクセスできることです。スマートフォンが普及・高性能化して3Dのゲームなどが楽しめるようになり、携帯端末などでもある程度の仮想空間が体験できるようになってきたため浮上した概念で、メタバースがインターネットのような生活基盤として普及するためには必須です。
「没入性」:これも『バーチャルリアリティ学』でも将来的な可能性として期待されていた概念です。実際に普及用VRゴーグルが登場し、インターネット経由でも現実を代替するような充足感のあるコミュニケーション体験ができる道が開かれました。メタバースで人生を送る、というレベルを実現するためにはこの要素は必須となります。
本書では、先程触れた日本バーチャルリアリティ学会の四要件をベースに、これらを加えた以下の七要件を満たすオンラインの仮想空間をメタバースと定義したいと思います。
(1)空間性:三次元の空間の広がりのある世界
(2)自己同一性:自分のアイデンティティを投影した唯一無二の自由なアバターの姿で存在できる世界
(3)大規模同時接続性:大量のユーザーがリアルタイムに同じ場所に集まることのできる世界
(4)創造性:プラットフォームによりコンテンツが提供されるだけでなく、ユーザー自身が自由にコンテンツを持ち込んだり創造できる世界
(5)経済性:ユーザー同士でコンテンツ・サービス・お金を交換でき、現実と同じように経済活動をして暮らしていける世界
(6)アクセス性:スマートフォン・PC・AR/VRなど、目的に応じて最適なアクセス手段を選ぶ事ができ、物理現実と仮想現実が垣根なく繋がる世界
(7)没入性:アクセス手段の一つとしてAR/VRなどの没入手段が用意されており、まるで実際にその世界にいるかのような没入感のある充実した体験ができる世界
つまり、メタバースとは、単なるゲームではなく、現実を代替するような(あるいは超えるような)充実感のある体験ができ、稼いで生きていく事ができる仮想空間、「そこで人生が送れる人類の新たな生活空間」であると考えられます。
これらの要件はそれぞれゼロかイチかと言ったものではなく強弱の幅がある概念で、当然ですが現時点で全ての要素を百点満点で満たす「完全なメタバース(Perfect Metaverse)」は存在しません。ただし、全ての要素を最小限満たす「必要最小限のメタバース(Minimum Viable Metaverse)」は存在します。私は「ソーシャルVR」がそれだと考えており、Metaが総力を挙げて開発中の「Horizon Worlds」も含めて2章で説明します。
メタバースは世界と世界を結びつける
オープンメタバースとクローズドメタバース
これら7要件に加えて「(8)オープン性(相互運用性)」を必須だとしている人もいます。Epic Games社CEOのティム・スウィーニーなどは、真のメタバースとは特定の運営主体が提供する単一のサービスではなく、複数のサービスが相互に接続したオープンなものであるべきだ、と主張しています。こうした考え方を「オープンメタバース(Open Metaverse)」と呼びます。
オープンメタバースでは、手に入れたアバターやアイテムなどのコンテンツは運営主体ではなくユーザーに帰属し、自由に他のプラットフォームでも利用することができます。プラットフォームの垣根のない世界です。
現在のソーシャルVRでは基本的にユーザーがコンテンツを自由にアップロードでき、著作権もユーザーに帰属するので、程度の差はありますがオープン性の高いメタバースであると言えます。
これに対して、一社が提供して他プラットフォームと互換性のないものを「クローズドメタバース(Closed Metaverse)」と呼びます。
現在のインターネットでも、Facebook改めMetaを始めとした「ビッグ・テック」(GAFA)に権力が集中していることが世界的な問題となっています。仮に新たな現実そのものとも言うべきメタバースがクローズドなものになり、その中でのユーザーの行動データやルールの決定権が一社に握られてしまうと、その深刻さは現在のインターネットの比ではありません。特定の会社が国家を超えた権力としてメタバースを支配してしまう危険性が指摘されています。
Metaの発表でザッカーバーグはオープン性を重視すると語っていましたが、現在のFacebookは比較的クローズドなSNSです。Metaが覇権を握った場合、クローズドメタバースの世界になってしまうことを懸念する人は少なくありません。
こういった観点から、オープンメタバースから更に一歩進めて、そもそも運営主体の存在しない、ユーザーが自治を行う「非中央集権型メタバース」をブロックチェーン等の分散型技術を活用して作るべきだ、という考え方もあります。ただし、これは現時点ではあくまで概念上のものです。オープン化や非中央集権化にはデータの規格化や法整備など幅広い課題があり、現在のブロックチェーン技術を活用すればすぐに実現できるようなものではありません。
リアルワールドメタバース
また別の考え方として、世界的なスマートフォンARゲーム『ポケモンGO』で知られるアメリカのNiantic社が提唱する「リアルワールドメタバース(Real-World Metaverse)」というものがあります。2021年8月10日、Niantic社CEOジョン・ハンケは「メタバースはディストピアの悪夢である」という衝撃的な記事を公開しました。現実を捨てて仮想の世界に逃避するような未来はディストピアであり、テクノロジーは現実の世界(私の言うところの物理現実)の暮らしを豊かにする方向に活用すべきだと言う主張です。
つまり「(6)アクセス性」をさらに発展させ、私達が物理現実から仮想世界にアクセスするのではなく、私達が生きるこの物理世界そのものにAR(Augmented Reality、拡張現実)技術で仮想のオブジェクトを出現させることで、物理世界に寄り添う形でメタバースを構築していくべき、という考え方です。
ただし、ようやく個人のパソコンで自宅からなんとかメタバースに入れるようになった現在の技術的状況で、スマートフォンなど持ち運びできる端末ではスペック的に大きな限界があります。VRゴーグルと比べると、ARグラスは普及用の端末がまだ実現しておらず、ARの技術的な課題はまだ大きいと言えます。
ところで、私はこの考え方を一切否定するものではありませんが、私のような仮想現実世界で生きている者にとって仮想現実もあくまでリアル(現実)の一部ですので、物理現実だけをリアルと捉える「リアルワールドメタバース」という言葉は随分失礼な表現だと思っています。