元VTuberが“VTuberの失踪”を題材に小説を書いた理由 「インターネットは最後までやりきっていなくなる人の方が珍しい」
早川書房より3月16日に発売された長編小説『鈴波アミを待っています』。
デビュー1周年の配信を待ちわびるファンの前から突如姿を消したVTuber・鈴波アミを中心に、彼女との思い出を辿る一人のファンの目線から描かれた物語だ。
2021年に「ジャンプ小説新人賞2020」のテーマ部門で金賞を受賞した同名の短編を全面リメイク。カバーイラストはしぐれうい、装幀は木緒なち、帯文には健屋花那とVTuber関係者で固めた布陣が目を引く。作者の塗田一帆自身も動画編集者・VTuberとして活動してきた過去を持つ。
当事者としてシーンを渡ってきた一方、徹底して無名のファンとしてのあり方を描いた本作の作者には、現在のVTuberシーンはどのように見えているのか。(ゆがみん)
この記事は小説『鈴波アミを待っています』のネタバレを含みます。
創作の源泉は「くるみちゃん」と「ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン」
――VTuberシーンを詳しく描写されており、塗田さんご自身も編集者として動画投稿されています。塗田さんの目にはVTuberシーンが盛り上がっていく初期の様子はどう映っていたのでしょうか。
塗田:2017年末ごろから色々なVTuberがデビューし、ムーブメントが巻き起こっていったのですが、僕自身はそれ以前の2017年春にキズナアイさんの存在を知りました。そのときは特になんとも思わず「何か面白いことやってるな」くらいのちょっと一歩引いた感覚で見てたんですよ。
改めて自分が注目するようになったのは2018年5月のタイミングで、バーチャルキャストを使ってVTubeたちが3D空間内でコラボをし始めたころでした。
「バーチャルYouTuber人狼」というドワンゴさんの企画で7,8人くらいのVTuberが同じ空間に集まっているのを見て、「こんなリアルタイムのクロスオーバーみたいなことがどんどん起こっていくんだ」と衝撃を受けたんです。
――ちょうど作中でもそういった展開がありましたね。塗田さんがよく見ているVTuberさんなどで今作の執筆の際にモチーフにした方やイベントなどはありますか?
塗田:僕は特に名取さなさんを応援しているのですが、今作のヒロインである鈴波アミと彼女は近いところがあると思います。モデルにしたというよりは、「理想のインターネットの女の子」という意味で。
ほかにも色々なVTuberさんやイベントのさまざまな要素を参考にしていますが、ストーリーについては「ぜったい天使くるみちゃん(※1)」がモチーフになっています。
こうしたVTuberの歴史や文化を細かく描写しているのは、知らない人が読んだときに誤解をされたくないと思ったからなんです。VTuberをモチーフにした作品には誤解を呼んでしまいそうなものもあるんですよ。聞きかじった知識ではなく、自分はここまでわかった上で書いている、VTuberに本気な人が書いていると一発でわかるような、進め方を意識しました。
(※1 2018年2月10日にYouTubeチャンネル登録者数1万人を突破するも、その4日後にアカウントを突如削除し事実上の引退となったバーチャルYouTuber)
――作品自体はもちろん、帯に健屋花那さんのコメント、イラストはしぐれういさん、装幀は木緒なちさんと、VTuber関係者で固めた布陣ですね。どのような経緯だったんでしょうか。
塗田:健屋花那さんについては、配信を始めたときにマイクがミュートになっていないことに気づかずにウォーミングアップをした切り抜き動画を拝見したことがあったんです。それがとても面白くて、一連の動作をおこなうことでそのキャラクターとして完成する、というギミックとして作品に盛り込まれています。その縁で配信でも取り上げてもらったんですよ。
装幀は編集の溝口(力丸)さんから「木緒なちさんにしようと思ってます」と提案されたかたちです。イラストも木緒なち先生と溝口さんの話し合いで「VTuber関連の人にしよう」と決まり、その後に僕と溝口さんで候補の人を挙げたなかの一人がしぐれうい先生でした。キャラクターの造形に関しては、髪留めについてだけイメージを共有して、それ以外はほとんどおまかせしています。
VTuberは「普遍的な存在に」なっていなくなる
――作中では登場人物たちが、VTuberの今後について語り合う座談会のシーンがあり「普遍的な存在になる」ことでいなくなると表現されています。ご自身では、いまのVTuberシーンをどのようにご覧になられていますか?
塗田:実は、あのパートを執筆したのは2020年なんです。そこから2年しか経ってないですけど、VTuberの中でもリアルな表現をする人たちも増えてますし、逆に今までVTuberじゃなかった人がVTuber的なことをするというパターンも増えました。
これまで体を映してこなかった配信者さんがLive2Dのアバターを配信で利用することは普通になりましたし、『Fall Guys: Ultimate Knockout』や『Apex Legends』の大会ではVTuberとそうじゃない人が混ざって参加している。とても面白いですよね。
――そういった配信者や歌い手、作中だと「パフォーマー」という言い方をされる人たちとVTuberは接近している一方、“メタバース”と呼ばれる仮想空間領域においてはそこまで近づいていない印象もあります。
塗田:メタバースとVTuberに関しては、2022年に入ってからようやく接近し始めたように感じます。ぽこピー(甲賀流忍者!ぽんぽことピーナッツくん)やおめシス(おめがシスターズ)がVRChatを使った企画を動画にしていたりして。個人的にこの2つのジャンルは混ざっていった方が面白くなっていくと思っています。
――塗田さんが小説を書き始めたのはいつごろからでしょう? これまでにもYouTuber、鍵アカウントのようなインターネットのものをモチーフに短編を書かれてますね。
塗田:小説らしきものだと、たとえば中学校で劇をやるときは脚本を書いていましたし、2ちゃんねるのVIP板で『新ジャンル「〇〇」』のようなSSを投げることは昔からやっていました。
公開されている短編は本格的に執筆を始めた2020年の2月ごろの作品です。そのとき、新型コロナウイルスの影響で家で過ごすしかなくてインターネットしかなかったのもありますが、元々インターネットはずっと好きで、中学生くらいから動画投稿をやってるんですよ。なので自分のなかでインターネットは使い勝手のいいモチーフなんです。
――今作はもともと短編だったものを加筆修正されてますね。短編から話を膨らませる際に意識されたポイントはどこでしょう?
塗田:短編の時点で「書き足りない。もっと詳しく書ける、もっと大きい展開にできる」と思ったんです。
加筆にあたって一番大きな要素は「星沢雫」の存在でした。彼女はVTuberではないフィクション上のキャラクターで、終盤に登場して主人公たちを手助けしてくれる。あれは加賀美ハヤトさんが3Dお披露目配信をしたときにボルメテウス・ホワイト・ドラゴンが登場した展開を意識しています(笑)。
もちろんそのまま出すわけにはいかないので、どういう形がいいか考えたときに、同じイラストレーター同士のVTuberを血縁関係と表現する慣習とミックスすることにしました。