桑原聖(Arte Refact)×草野華余子対談 ヒット曲を多数手がける音楽作家が考える“東方音楽のすごさ”

ヒット曲多数の音楽作家に聞く“東方楽曲のすごさ”

 「東方Project」の楽曲で遊ぶことができるスマートフォン向けリズムゲーム『東方ダンマクカグラ』の盛り上がりを機に、東方音楽の歴史や文脈に迫る本特集企画。その第二弾では、桑原聖(Arte Refact)と草野華余子の対談をお届けする。

 同人音楽サークル「君の美術館」の代表として東方アレンジを数多く手がけ、現在はサウンド・ゲーム等の企画及びコンテンツ制作を行うクリエイター集団「Arte Refact」の代表を務める桑原と、LiSA「紅蓮華」などのヒット曲を数多く手がける音楽作家であり、『東方ダンマクカグラ』のテーマ曲である「幻想に咲いた花」のアレンジを担当した草野華余子。この2人によって語られるテーマは「音楽作家から見た東方音楽」。

 それぞれ東方にタッチした時期もキャリアも違う2人から見た“東方音楽”や、そんな2人を繋ぐとある重要人物の存在、音楽プロデューサー・クリエイターとして分析した“東方音楽の構造的なすごさ”や好きな原曲・アレンジ曲まで、大いに話してもらった。(編集部)

草野が自身の楽曲制作の際に共通点を感じた、ZUNの”手法”

ーーまずはお2人のご関係を教えてください。

草野:以前から共通の友人を通して桑原さんのお話を伺うことは多かったのですが、直接お会いしたのは最近なんですよね。桑原さんが音楽プロデュースを担当されている別作品のファンだったことをきっかけに、連絡をいただきました。

桑原:世の中の情勢もあり、なかなかお会いできる機会がなくて。ただ連絡先は知っていたので楽曲制作をお願いし、昨年のレコーディング時に初めて顔合わせしました。

草野:メールやLINEで私が桑原さんに人生相談をさせていただいたりと、連絡は頻繁に取り合っていたんですが、お会いしたのは昨年の秋ぐらいですよね。お会いできた瞬間すごく嬉しくて、ネットで出会ったメル友に会えたみたいな感覚でした(笑)。

ーーそんなお二人が東方楽曲と出会ったタイミングは?

桑原:昔、パソコンの自作にはまっていた時期があって。その界隈の友人に勧められて体験版をプレイしたのが、東方Projectとの出会いですね。原作でいうと『東方紅魔郷(2002年)』のあたりかな。PCゲーム雑誌の付録に東方の体験版がついていたんですよ。楽曲については、当時は東方アレンジの界隈がすごく盛り上がっていました。だんだん、インストだけじゃなく歌モノのアレンジが出るようになったりして「こういうこともしていいんだ……」と衝撃を受けたのを覚えています。最初のころはゲームのプレイ時に楽曲をあまり意識しておらず、BGMとして捉えていたんですが、岸田(岸田教団&THE明星ロケッツ)さんが東方楽曲をロックバンド風にアレンジしているものを聴いて、バンドをやっている自分たちでも挑戦できるんだ、それならやってみたいと思ったのをきっかけに、より意識して聞くようになりました。

草野:私が東方Projectを知ったのは、大学時代の友人がレミリア・スカーレットのコスプレをしていたからですね。その子の衣装やウィッグやメイクがかわいくて、どういうキャラなんだろうと気になって調べたのがきっかけです。私は元々作家になりたいと思っていたので、自分の作品の二次創作を公に許可しているクリエイターがいると知ったときにとても衝撃を受けました。ZUNさんって本当にすごい人だなと。いま思えば時代を先取りしていましたよね。当時はどんなコンテンツも、いまほど二次創作が許されるような空気ではなかったんです。

 その後、作家として東京に出てきて、当時の事務所の先輩である岸田教団&THE明星ロケッツのボーカル・ichigoさんに、「東方アレンジサークルをやらないか」と声をかけていただきました。そのサークルのプロジェクトで2枚目のアルバムを出したとき、岸田さんから「ZUNさんのメロディとカヨコは親和性が高いし、何より曲を書くのが間に合わないから、岸田教団&THE明星ロケッツの東方アレンジも手伝ってくれ」と言われて。そこから10曲ほど岸田教団&THE明星ロケッツさんを手伝わせていただき、いまでは岸田さんがピンチのときに呼ばれる“お助け要員”になりました(笑)。

ーーお二人の話を聞いて、それぞれに登場した岸田さんがやはりこのシーンの重要人物である、というのがあらためてよくわかりました。ここからはお2人が好きな原曲と、その魅力を教えてください。

桑原:僕がアレンジをしていたのは『東方星蓮船(2009年)』ごろまでのものが多いので、特に『紅魔郷』『妖々夢』『永夜抄』の曲には思い入れがありますね。キャラクターでは風見幽香がすごく好きで、テーマ曲の「今昔幻想郷 〜 Flower Land」や、「桜花之恋塚 ~ Japanese Flower」をよく聞いていました。彼女の曲はだいたいどれも好きです。あと(博麗)霊夢も好きなんですが、インタビューなどで「主人公だからなんとなく名前を出している」と思われたくなくて、あまり言わないようにしていました(笑)。霊夢は、落ち着いてる様に見えて喜怒哀楽がしっかりあって、ちょっと傍若無人なところがおもしろいですよね。

ーーその話を踏まえて好きなキャラに幽香と霊夢を並べていると知ると、良い意味での玄人感があるなと思いました(笑)。草野さんはお好きな曲はありますか?

草野:『東方ダンマクカグラ』に携わらせていただくことになったときに、ちゃんと曲を知らないといけないなと思い、原作の曲を全て聴きました。そのなかでも自分がアレンジした曲はやはり思い入れが強くて、一番好きなのは「幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~ Border of Life」ですね。あとキャラクターでは、射命丸文がめちゃくちゃ好きです。岸田さんに「射命丸文にキャラとか性格が似てる」と言われて調べたら、生真面目で、融通が利かなくて頑固な子で、最初は「なんでやねん!」と思ってたんですけど(笑)。でも、決めたことは譲らないところとか、彼女の内面を知るうちにいつの間にか好きになっていて、「風の循環」や「風神少女」をアレンジさせていただきました。作品で言うと『文花帖』『紅魔郷』が好きで、今後アレンジしてみたいと思う曲も多いです。

ーーちなみに前回の鼎談でも、kzさん、REDALiCEさん、まろんさんの3人全員が1番好きな楽曲に“墨染”を挙げていました。音楽家の視点で見たときに、いま挙げていただいた曲で特に魅力的なパートはありますか?

桑原:ZUNさんの楽曲は、音楽理論的に言うと“ちょっと怪しい”ところがあるのが魅力のひとつだと思っています。 決まったコードワークの中で曲を作るのではなく、超展開することでキャラの魅力や深みを表現しているんですよ。聴いたことのない構成や進行なので、ゲーム中も気になって頭に残るんです。BGMとしてなじむのではなく、音楽として主張してくるから、頭をフル回転させないとプレイ画面と楽曲を情報処理できなくなるような。作品やキャラの魅力を表現するうえでは、音楽的に正しいかどうかよりも、感性が大事なのかなと思うきっかけになりました。

草野:我々のような音楽作家が理論に基づいて作る音楽の枠組みからはかけ離れている部分も多いですね。桑原さんのお話を聞いて、ZUNさんの曲は、ロジカルに考えられている部分と、フィーリングで感じられている部分がうまく合致しているんだと思いました。歌謡曲らしさもありながら、ベースはやはりゲームミュージックで、ボカロと同じように、ボーカルにめちゃくちゃなメロディを歌わせるのも1つの醍醐味ですね。いい意味で頭のネジが10本飛んでるくらいのZUNさんの破天荒さが、このおもしろさを生み出されていて、そのくらい、作曲する人間は自由じゃないといけないと思います。理論的に言うと、ZUNさんの曲はメジャーコードが鳴ってるときに、マイナーのメロディーがバンバン通過するんですよ。この手法は私の楽曲にも取り入れていて、LiSAさんの「紅蓮華」にもそういうニュアンスは入ってたりします。sus4(サスフォー)とかadd9(アドナインス)で伸ばして、帰結を作らずリスナーに結末を委ねる方法を用いているのが特徴的で、私はそんな部分にシンパシーを感じて、東方アレンジをしたいなと思うようになりました。

ーー帰結しないで終わると普通ならモヤっとしますが、それを豊かでキャッチーなメロディーで補填して、リスナーに委ねるのがZUNさんらしいですよね。

草野:ZUNさんの曲は、1小節〜2小節あとを想像できないんですよ。最初のころはずっとメロディーをドレミファソラシドでメモしてたんですけど、「これどうなってるの!?︎」という感じで。1秒後が全く予想出来ない、飽きの来ない音楽だと思います。

ーー作り手からすると、予想外を楽しめる音楽でもあると。話題を原曲ではなくアレンジの方に変えてみたいのですが、お二人が好きなアレンジ曲や作り手の方とは?

桑原:圧倒的にIOSYSさんの、特にARMさんのアレンジが好きです。「チルノのパーフェクトさんすう教室」など、ガチャガチャしていてセリフもあって、キャッチーですごくおもしろい楽曲ばかりで。僕はこういう曲を作れる気がしないので、真逆の作り手として憧れがあります。東方音楽の持つ衝撃にさらに衝撃を重ねてくる、良い意味でのネジの外れ具合が印象的でした。

【東方MV】チルノのパーフェクトさんすう教室【IOSYS】

草野:私が最近聴いているのは森羅万象さんですね。昨年リリースされたアルバムに入ってる「インスタントブルー」は、ここ一年の東方アレンジの中で一番聴いたと思います。kaztoraさんが書かれた歌詞がもうめちゃくちゃ切なくて、どうやったらこんな歌詞を書けるんやろう、と思いながら聴いています。彼は多分作家としてオリジナル楽曲を制作しても良い曲を書かれるのだろうと思えるくらい、ZUNさんの主メロの補完やリハーモナイズの仕方がきれいですね。あとサークルで言えば、鉄腕トカゲ探知機さんかな。「ルナティック人間状態」はもう何回も聴くくらい好きで、早くサブスク解禁してくれないかな、と東方アレンジの新参者として毎日思ってます。どなたかえらい方、よろしくお願いします(笑)。

【東方ヴォーカルMV】インスタントブルー(Vo:あよ)【森羅万象公式】

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