『東方ダンマクカグラ』特集 Vol.2 「音楽作家からみた東方楽曲」
桑原聖(Arte Refact)×草野華余子対談 ヒット曲を多数手がける音楽作家が考える“東方音楽のすごさ”
東方のアレンジ文化で培われた、プロデューサーとしての判断力と提案力
ーー東方カルチャーが、ご自身の活動に影響を与えていると感じることはありますか?
桑原:僕はひとりで何かするより、周りと一緒に作ることが好きな人間なので、東方を通じてジャンルを超えた知り合いや友達ができたことは、かなり大きな出来事ですね。東方の周辺では音楽だけでなく、同人誌やイラスト、コスプレやゲームなど、さまざまなエンターテイメントが発展しています。その相乗効果によって爆発的に同人界隈が盛り上がって、大規模な単独イベントを開催できたり、原作者のZUNさんにお会いする機会などもありました。横の繋がりをみんなで楽しむことができる、新しい総合エンターテイメントとしてのあり方を示していると思います。
草野:私自身、ZUNさんのメロディーと、私の歌謡曲らしい部分は親和性が高いと思っていて、岸田さんもよく「ZUNさんのメロディーと、MIDIの上で会話してるような印象を受ける」と言ってくれていて。ZUNさんのルーツはゲームミュージックなので、音階の音飛びやコードの展開など、“人が歌うことを想定していない転調”が多いんですよ。そのやり方がこの5〜6年で自然と私の中に入ってきて、自分自身が曲を書くときにかなり影響を受けているなと感じます。東方音楽をやっていなかったら、2016年以降に書いた曲はもう少しロジカルで大人しかったかもしれません。
ーーここ数年、さまざまなヒット曲を制作されていますが、その要因の一つに東方音楽があると言っても過言ではないと。
草野:そう思いますね。同人界隈の友だちも増えて、作家仕事のマスタリングも小骨くん(「鯛の小骨」としても活動するマスタリング・エンジニアの守屋忠慶)にお願いしていたりと、その人たちと現在も一緒にお仕事させていただいていますし、人生が大きく変わるくらいの影響を受けています。
ーー東方アレンジを手がける中で、お仕事に活かされていることや手法などはありますか?
桑原:ここをもう少し変えた方がいいとか、音階を収めた方がいいなどの感覚が培われました。最近はプロデュースの形で携わることが多く、作曲はあまりしていないのですが、誰かに曲を書いていただいたときに、こういうメロディーの方が歌いやすいと思うんですけどどうですか、といった瞬時の判断力や、作家さんへの提案力がついたと思っています。東方アレンジでメロディーをいじっていた経験が活きてますね。同人時代のトライアンドエラーによって培ったノウハウや知識・経験が、いま作家として活動する上でもとても役に立っています。
ーー普通だと原曲に大きく手を入れることはあまりないと思いますが、東方アレンジをしてきたからこそ、どう変えたらより良くなるかの判断力が身についたんですね。
桑原:ひとりのクリエイターが1年間で制作できる歌曲は、どんなに多くても80〜100曲ぐらいなんですが、プロデュースの形だと、年に2〜300曲携わらせていただくことがあり、さらに1曲を作るときにデモが何パターンもある場合もあるので、それはもう膨大な数になります。限られた時間の中で制作する上では、ここをこうしたらより良くなるはず、といった素早い判断が大事で、これは経験からなるものだと思うんです。その経験を早いうちから積むことができたのは、本当に東方のおかげですね。
ーー短い時間での取捨選択や、良し悪しを判断する能力が養われたんですね。
草野:私も東方のおかげで音階の把握能力と、メロディーのブラッシュアップ能力が飛躍的に向上しました。東方アレンジをすると、自分から出てこないような音楽、たとえば学生時代にレッド・ホット・チリ・ペッパーズやアヴリル・ラヴィーンなどをコピーしたときと同じぐらいの刺激を受けながら、音階やコードを自然と吸収できるんです。私は30歳ごろから東方アレンジを始めたのですが、音楽を始めたての、スポンジみたいに何でも吸収できる、ワクワクするような感覚をこの歳になって味わえたことは、人生において本当にいい刺激になりました。作家になったあとは仕事に忙殺されてインプットの量も減ってくるので、東方アレンジはこの5年くらいで本当に大きな支えになっています。
ーーこんなにもたくさんメリットがあるんだと改めて気づかされました。
草野:「みんな東方アレンジやるといいよ!」と声を大にして言いたいですね。