VSinger・ユプシロンが語る“性別、年齢、正解の概念を持たない存在”としての矜持 「それでも吐き出したい感情のために曲を書いている」

 2020年4月にデビューしたバーチャルシンガー・ユプシロン。性別、年齢、正解の概念を持たず、中性的な声を活かした「歌ってみた」やオリジナル楽曲を次々と発表している。また歌だけでなくレコーディング、作詞曲、キャラクター原案、短編小説、MV原案・絵コンテなどを手掛けるマルチクリエイターでもある。

 バーチャルシンガーとして、自由に動く体を持って活動をするには、様々な知識と設備が求められる。そのため企業所属を目指す人も多い中、ユプシロンは個人として、セルフプロデュースで活動を行っている。2021年には3D化のためのクラウドファンディングを行い、154%達成。さらにボカロPとして『The VOCALOID Collection』に参加するなど、活動の幅は多岐にわたる。

 YouTubeチャンネル登録者数も3万人を超え、ブレイク前夜にいるユプシロン。2月4日の「フォージェリィ」リリースにあわせ、リアルサウンド テックで初のインタビューを行った。(ヒガキユウカ)

“僕を生んでください” ユプシロンが生まれるまで

――ユプシロンはギリシャ文字で「Y」とも表記されますが、このお名前の由来をうかがえますか?

ユプシロン:僕の現実世界の名前から、いらないものをそぎ落として残ったのが「Y」の一文字でした。最近はこのユプシロンという名前の方がしっくりきていて、こっちが本当の名前のような気がしています。

 少し恥ずかしい話なんですが、僕は小さいときから、本名が自分の名前だと思えなくて。「自分には違う名前があるはずだ」って思って生きてきたんです。あるとき、「Y」の一文字をギリシャ語で「ユプシロン」と読むと知って、「これだ」って思いました。

――バーチャルシンガーの活動を始めたきっかけは?

ユプシロン:もともと歌ってみたをやってみたくて、軽い気持ちで2019年の8月に初めて投稿したんです。それに反響をいただいたのがうれしくて、「ちゃんと活動してみたいな」と思いました。2020年の年始ごろにVTuberやバーチャルシンガーの存在を知って、すごく楽しそうな世界に見えたんです。それで、「自分もやってみたい、バーチャルシンガーとして“生まれたい”」と考えました。

 初投稿からVデビューするまでの半年ぐらいを僕は「胎児時代」と呼んでるんですけど、実際の準備期間は三ヶ月もないくらいで、完全に勢いでした。「バーチャルシンガー」という新しい世界のことを調べまくって、ひたすらワクワクしているような期間でした。

――先に「歌ってみた」で活動の第一歩を踏み出していたなかで、生身のまま歌い手として活動する選択肢ではなく、バーチャルの姿になることを選ばれた決め手はありますか?

ユプシロン:最初は本当に「楽しそう!」という気持ちからなんですけど、僕を描いてくださったイラストレーターのさくしゃ2さんに「僕を生んでください」というメールをして、引き受けていただけたときに、改めて決意が固まったような気はします。

 「この人の絵で生まれたいな」と思うイラストレーターさんがOKを出してくれたので、「もうこれはいくしかない」とギアを切った感じです。もし、さくしゃ2さんが引き受けてくれなかったら、バーチャルにはならずそのまま歌い手だったかもしれません。

――さくしゃ2さんに生んでいただくとき、何かオーダーはされましたか?

ユプシロン:髪型と髪色、あとは無性別であることを伝えました。それと、キーワードですね。「昼より夜」とか「太陽より月」とか、そういうキーワードをたくさんお送りしました。すでに1stシングルの「ステレオタイプ」もつくり進めていたので、「この曲を歌うシンガーになりたいんです」と音源を送りましたね。

――そうして活動をスタートされてみて、バーチャルでよかったと感じることはありますか?

ユプシロン:たくさんあるんですけど、僕がデビューした2020年って、いろんなVTuberの先輩たちが、楽曲を紹介する番組みたいな企画をやられていたんです。たとえばホロライブのAZKiさんは、3~4日間ずっと音楽を流す『音楽を止めるな』を開催されて、その2回目と3回目で自分の曲を流してもらえました。あとは歌衣メイカさんが開催する『V紅白歌合戦』のピックアップコーナーでも。

 そういう機会がきっかけで知ってもらえることも多かったんです。すでに売れている人が、まだ見つけられてない人たちを引き上げるのって、あんまりほかの界隈で聞いたことがなくて。いま思えば、歴史が浅い界隈ならではだったのかなと思います。「みんなでこの界隈盛り上げていこうぜ」という熱気を感じていました。

――一方で、バーチャルだからこそ大変だったことは?

ユプシロン:技術の部分ですかね。2Dでも3Dでも、バーチャルの体で配信するときの設定とか、個人の勉強の範囲ではとても大変で。特に3Dは、バーチャル世界にカラダをアップロードするだけで大変なんです(笑)。いまはネットで知り合ったクリエイターさんやエンジニアさんの力を借りて、どうにか一人で活動できています。

――ユプシロンさんがデビューされた後にも、VTuberやバーチャルシンガーはどんどん増えています。こうした広がりはどのように見ていますか?

ユプシロン:前までは「VTuber」と言われたときに、連想するものが狭かったと思うんですよね。でもVTuberという存在が多様になってきて、ゲーム実況をする人、おもしろ動画をつくる人もいれば、音楽しかやらない人もいて、どんどん細分化されている……

 なので、「VTuberであること」はネット上では普通になって、「バーチャルで何をやってる活動者か」という見方になっていくと思います。

 とはいえ、まだ「VTuberの音楽は聴かない(Vtuberだから)」という方も少なからずいると感じています。ボカロPさんや歌い手さんの文化がたくさんの人に受け入れられるようになったみたいに、このカルチャーがもっと広がっていったらいいなと思っています。

バンドカバーや「歌ってみた」でボカロに出会い、創作へ

――ユプシロンさんはどんな音楽を聴かれてきたんでしょうか?

ユプシロン:配信でも話しているんですが、もともとライブに行くのが大好きで、よくUVERworldやONE OK ROCK、MY FIRST STORYのライブに行っていました。いわゆる邦ロックキッズだったんですよ。いまつくっている楽曲たちも、サウンドは決して近くはないんですけど、パワーという意味ではロックから影響を受けていると思います。昨年はHakubi、空白ごっこ、Reolのライブに行きました。

――ちなみにライブでは、前の方にガンガン行くタイプですか?

ユプシロン:時と場合によりますね……フェスだと前に行くんですけど、たとえばUVERworldだったらMCを聞いて泣きたいので、真ん中より後ろらへんにいます(笑)。

――2021年からはボカロ曲も制作されています。ボカロに興味を持ち始めたのはいつ頃だったんでしょうか?

ユプシロン:ボカロを聴き始めたのはここ3年ですね。その前から初音ミクが流行っているのは知ってたんですけど、最初は「人間の歌の方がいい」と思ってあまり聴いてこなかったんです。

 UVERworldのカバーをしている「Re:ply」というバンドをYouTubeで見つけたときに、彼らの演奏で「ゴーストルール」を聴いたんですよね。「かっこいい、なんだろうこの曲」と思ったらボカロ曲だったんです。そこから、原曲を作ったDECO*27さんや「ゴーストルール」の歌ってみたを投稿していた歌い手のまふまふさんを知り、どんどんボカロにハマっていきました。

――「ゴーストルール」に、原曲ではなくカバーで出会ったことで先入観なくボカロを聴けるようになったんですね。ご自身でもボカロ曲をつくるようになったのは、どんな背景があったんですか?

ユプシロン:「自分が歌うことを想定せずに曲を書いてみたい」と思ったからです。息継ぎとか音の飛び方とか、難しいことをバンバン入れたメロディーでもボカロなら全部できるので。

 最初に書いた「RED」というボカロ曲は、Aメロに息継ぎがほぼ全くないメロを書きました。リズムのグルーヴもすごく難しくて、拍がしっかりはまらないとかっこよくならないような譜割りにしたんです。歌詞の内容もミクちゃんが僕に歌ってくれているイメージで書いていて、自分で歌う曲をつくっているときとはマインドが全然違っています。

――以前のインタビューで「(僕は)なんで音楽作ってるんですかね……?」というコメントをされていました。その後、答えは出ましたか?

ユプシロン:出ました! とりあえずいまの答えという感じなので、もしかしたら数年後には変わってるかもしれませんが。

 たとえば友達とマックでご飯食べてるときに、「なんで僕たちって、この世に生まれたんだと思う?」なんて突然言い出したら、「いや、お前頭おかしくね?」って言われるじゃないですか。でも歌にするとみんな聞いてくれる。友達に話したらイタいって思われることはわかってても、それでも吐き出したい感情みたいなものがあって。そんな感情を誰かに聞いてほしくて、共有したくて、そのために曲を書いているのかなと、今は思っています。

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