ディープラーニングの登場はストラテジーゲームを一変させた? 三宅陽一郎に聞く“戦略ゲームAI”進化の歴史と未来

 ゲームAI研究者・開発者の三宅陽一郎氏が、『戦略ゲームAI 解体新書 ストラテジー&シミュレーションゲームから学ぶ最先端アルゴリズム』を上梓した。

 スマホゲームをはじめ、数多くのストラテジー&シミュレーションゲームに利用されるなど、ゲーム開発において非常に重要な技術となっている戦略ゲームAI技術。国内や海外の事例や論文、研究を元に、戦略ゲームAI技術の仕組みや戦略的意思決定プロセスを紐解く同著について、三宅氏本人へのインタビューを行った。

 「日本のゲームAIは海外に大幅に遅れをとっている」と過去に発言したこともある同氏が、2021年のいま思うこととは。2022年以降に出るかもしれない未来のゲームに想いを馳せながら、ゲームAIの現在地を紐解いていく。(編集部)

ストラテジーゲームの魅力は、現実世界のシミュレーションでAIを育めることにある

ーー三宅さんはこれまでもゲームAIや人工知能に関する本を出版されてきましたが、今回ストラテジーゲームに焦点をあてて本を書かれた理由を教えてください。

三宅:これまではアクションゲームの人工知能をメインとした本が多いですね。というのも、ゲーム産業における技術発展の中心にあるのが、アクションゲームだからです。一方でストラテジーゲームは、それぞれのタイトルごとにゲーム性も違うし、 AI技術も違ったものを作っている。いろんな事例が分散してしまっていて、それらの技術を体系立ててまとめるのはなかなか大変な作業なんです。

 ただアクションゲームはもう成熟してきていますから、もう一つの大きなジャンルであり、長い歴史をもつストラテジーゲームに注目することにしました。調べ始めるととても奥が深くて、次々に新しい発見が出てきておもしろいんですよ。最初はもっとコンパクトにまとめようと思っていましたが、これはもう全部詰め込んでしまおうということで、4年間かけて主要な事例はほぼすべて集めました。

ストラテジーゲームとその周辺の分類図

ーーこの本を読んで「このタイトルも入るんだ」と、ストラテジーゲームが持つ懐の広さに衝撃を受けました。

三宅:ストラテジーゲームに明確な定義はないので、境界線を決めるのは難しいんです。だから自分で定義して責任をもつしかないと思い、本の冒頭に、僕なりの解釈を書きました。

三宅陽一郎『戦略ゲームAI解体新書』(翔泳社)

 そしてまたストラテジーゲームというのは、人工知能技術とともに発展していく分野なんですよ。AI技術の向上によってゲーム性もどんどん上がっていくので、AIがゲームデザインの根幹から変えられるという点も、注目した理由の1つですね。キャラクターAI・メタAI・スパーシャルAIという、僕が作ったアクションゲームのフレームワークがあって、登場人物を動かすために働く「キャラクターAI」、ゲーム全体の流れを動的に制御する「メタAI」、プレイヤーの空間認識をサポートする「スパーシャルAI」の相互作用によってゲームAIが象られているんですけど、その仕組みって、実はストラテジーゲームと一緒なんですよ。ただ力点が少し違って、アクションゲームはキャラクターAIがメインで、それをスパーシャルAIが補佐するのに対し、ストラテジーゲームの場合は、スパーシャルAIがキーになっていて、それをメタAIが制御している。この2つを比較することで、アクションゲームとストラテジーゲームの特性の違いも見えてきます。

3つの人工知能の連携

ーーストラテジーゲームの特徴でいうと、プレイヤーの目には見えていないところでもゲームが変化し続けている、だからこそ、ゲームの世界が成り立っている側面がありますが、これも三宅さんがストラテジーゲームに注目しているポイントの一つなのでしょうか?

三宅:世界が自律・発展する、というところですよね。世界が発展するというのは、ゲームシステムよりもAIによるものだと思っています。AIがゲームの中で文明や社会、都市を自律・発展させていくのは、ゲーム産業が40年の歴史の中で作ってきたものなんですよ。AIとプレイヤーが向き合うことでゲームが作られる、おもしろい仕組みが出来上がりました。

ーーこの本ではスマートシティが例にあげられていますが、今回メインで取り上げた3つのAIを使いこなすことによって、すでにある地形や国、土地に対しても応用ができそうですね。

三宅:まさにそうですね。この3つの連携モデルは、そのままスマートシティに対しても応用することが可能です。ストラテジーゲームというのは結局、ゲームの中の世界を丸ごと1つ作るものであり、しかも自律・発展するので、リアリティをもたせたいわけですね。政治や文明の発展、戦いなどの中にAIを組み込んで、いわば現実世界のシミュレーションの中でAIを育んでいる。それがストラテジーゲームの最大の魅力だと思うんです。

スマートシティにおける人工知能の構造

2つのジャンルが融合した先に、新しいタイプのゲームが生まれる

ーー今回改めて『StarCraft(スタークラフト)』の重要性に気づかされたのですが、三宅さんが 『StarCraft』に注目するきっかけはどういったものだったんですか?

三宅:僕が最初に意識したのは、2007年ごろですね。講演で韓国に行く機会がありまして、向こうでテレビをつけると『StarCraft』のプレーが中継されてたんです。1997年の通貨危機のときに、人々はPCがあるカフェにたむろしていて、そのPCにたまたまプリインストールされていたのが『StarCraft』だったようです。このゲームは正直玄人向けなんですが、韓国だとみんな知っているんですよ。ストラテジーゲームがここまで社会に溶け込んでるというのは、結構衝撃的でしたね。

 その次に印象的だったのが、ゲームの国際学会で、研究者たちが『StarCraft』の研究をしていることです。このゲームのAIを研究するセッションがあって、APIを作った人も参加していました。しかも「StarCraft AIコンテスト」があるくらい研究の層が厚くて、研究者にとってなくてはならないゲームになっていたんです。

 さらにもう1つ、ディープラーニングの登場が、ストラテジーゲーム研究の景色を一変させたんですが、そのときに出てきたのが『StarCraft 2』なんですよ。これのなにがすごいかというと、まず発売元のブリザード・エンターテイメントが、研究者向けにAPIを作ったんです。学者にAPIを提供するなんてことは、これまでどんなゲームでもやったことがなかった。でもブリザードは賢くて、自ら研究の中心に歩み寄ったんです。『StarCraft』がシンボリズム、『StarCraft 2』がコネクショニズム(ニューラルネットワーク)というAIにおける二大分野を両者がどちらも抑えていて、いつの間にかゲームAI研究のど真ん中にポジショニングしていたわけです。

ーーAI技術の進化とゲームの関係性でいうと、元々はAIをゲームの中にどう組み込むかから始まり、2010年代には、AIが作った世界を元にゲームをデザインしていく方法が一般的になりました。2020年代のいまは、どのタームにあるのでしょうか?

三宅:いま、AIが作る世界の自律性がどんどん上がっていて、それをいかに制御してゲームに落とし込むかの段階になっています。昔は逆で、世界が生き生きして見えるようにがんばっていたのですが、いまはAIの自律・発展が進みすぎているので、プレイヤーがプレイしやすいレベルまで“どう抑えるか”を考えるようになってますね。

ーーAIに制限を設けることで、ゲームを成立させているんですね。

三宅:昔はゲームを成り立たせるために、 AIに一つの役割しか与えなかったんです。たとえば、待ち伏せだけをする兵士、突進だけをする兵士のように。ところが個々の兵士の知能が膨らむと、決まった行動以外も起こすようになって、それをどこまで許容するかがまたおもしろいところです。個々の兵士が賢くなると、それらをうまくまとめる必要がありますが、制御することによって兵士の行動の幅は狭まりますから、そのバランスが難しいんです。抑えるところは抑えつつ、自律性も発揮させるという感じですね。

ーーゲームデザインの肝にもなっていると言えそうですね。

三宅:個々のAIの能力が上がってくると、ローカルに見るともうアクションゲームなんですよ。アクションゲームの方は個々のキャラクターが賢くなりすぎたので、制御するためにメタAIがどんどん賢くなっていった。逆にストラテジーゲームでは、メタAIが強かったけど、キャラクターが向上することでメタAIも発展しないといけない。そうやって2つのAIシステムが接近してきています。ストラテジーゲームの技術って、実はアクションゲームに応用できて、アクションゲームの裏のシステムはメタAIが担当して、逆にストラテジーゲームの兵士一人ひとりの動きには、アクションゲームのキャラクターの技術が取り入れられています。この二つの分野が相互作用しながらマージされつつあるのは、ゲームの可能性としておもしろいですね。

ーーマージされていった先に、何が待っていると考えていますか?

三宅:やっぱり新しいゲームジャンルの誕生ですね。たとえばロールプレイングゲームの世界に自律性を取り入れたら、ストーリーはある程度決まっていても、今回はたまたまこの国が一番大きくなりました、とかの変化がもたらされますよね。いろんな要素が徐々に融合していった先に、新しいタイプのゲームが生まれると思うんです。ただストラテジーゲームとアクションゲームの開発者は、性質がちょっと違うんですよ。いまは両方の知識や技術を兼ね備えた人はほとんどいないのですが、これから出てくるかもしれません。そういう人がどういうゲームを作っていくかにも興味がありますね。

ーー2つのマージが生み出す先を考えると、オープンワールドのようなゲームとは相性がいいと思うのですが、いかがでしょうか? 世界が無限に発展していくからこそ、分岐も無限に起こっていきますし。もちろんハイスペックなゲームエンジンとマシンパワー、そして開発リソースが必要なので、夢のような話ではありますが。

三宅:ゲームの未来には、そのビジョンは確実に位置していると思います。現時点ではオープンワールドを作りきるだけでも大変で、それがある程度楽に作れるようになった次の段階には、新しいストラテジーゲーム、アクションゲーム、オープンワールドの融合があるかと思います。いまのオープンワールドの層の上に、ストラテジーゲームチックなAIの層を取り入れるというのが、次の時代のオープンワールドだと思いますね。

 ただアクションゲームとストラテジーゲームが持つスケール感が違う分、当然リアリティも違ってくるので、そこにコンフリクト(衝突)が生まれます。まずアクションゲームは、キャラクターの身体が一つの単位となり、身体の運動を基本にしてゲームを作りますよね。対してストラテジーゲームでは、舞台一つを動かすことを基本としています。アクションはどちらかというと現実空間に似ていて、われわれと同じ人間の視点。ストラテジーの場合は、神の視点とでも言いますか、将軍や王など、統治する側の俯瞰の視点です。その2つを組み合わせたときに、ユーザーがどちらにリアリティをもつのかという問題が発生します。1人の兵士であると同時に、将軍でもあるようなコンフリクトが生まれるわけです。それをどう融合していくのかが、次の可能性を開く手がかりになると思います。

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