TikTokはなぜ、覇権を握るプラットフォームとなったのか? 識者が行動デザイン学の観点から考える

 ここ数年のSNSにおいて、最大のゲームチェンジャーと呼べるTikTok。ユーザーはどんどん増加し、いまやあらゆる世代が使用するプラットフォームとなった。

 しかし、なぜTikTokがここまで覇権を握ったのかについて、専門的な視点で分析する記事はそこまで多くない。そこで今回は、博報堂行動デザイン研究所の名誉所長であり、現在は嘉悦大学経営経済学部の教授として、マーケティング、およびコミュニケーションデザイン専攻 「行動デザイン」に関する研究を企業連携により行っている國田圭作氏を迎え、インターネットやSNSが行動経済学や行動デザインに与えた影響や、その視点から分析したTikTokというショートムービープラットフォームの面白さについて聞いてみた。

 國田氏の話から見えてきた、スマホ前提になった社会における「行動」の変容と、TikTokがそのゾーンにハマった明確な理由とは。

「行動デザイン」の視点から見る、スマホが購買行動にもたらした影響

ーーまずは國田さんが「行動デザイン」を研究するようになった経緯と、「行動デザイン」がどのようなものかをご説明いただけますか?

國田:前職の博報堂では、プロモーションを中心とした統合マーケティングを担当していたのですが、広告の評判はよくても、商品がまったく売れないことがあったんです。そのギャップとはなんなのだろう、という問題意識がずっとあり、その溝を埋められる方法を見つけたいという思いが「行動デザイン」を研究することになった出発点ですね。欲望や欲求など、人が動く理由はいろいろ説明されているんですが、“動かない理由”についてはあまり言及されることがなかったので。

 そのなかでも、私が自分の中で1つの答えだと思っているのは、生物本来が持つ「行動戦略理論」です。脳の報酬系が快感を覚える方向に向かうのが接近欲求で、逆に快感がない方からは距離を置くのを回避欲求というんですが、結局、人間の行動もすべてそれに当てはまるのではないかと思ったんです。行動しない理由は、時間や認知処理能力などの人間がもつ資源が有限だからで、限られたものを使って生きている以上、エネルギーをセーブする必要があるのは当然で、基本的な生存戦略なんですよね。

 ただ、マーケッターはもともと好奇心が強くて積極的な人が多いんですよ。そういう人が調査する人もまた大体活発な人ばかりで偏りがあるから、全体像が見えないんじゃないかな。私の見立てでいえば、世の中のほとんどの人は抑制的に生きてると思います。

 人の抑制的側面に注目すると、たとえば物理的なコストに心理的なコスト、そしていろんなリスクもありますよね。リスクとコストは裏腹なので、リスクをどう緩和するか、コストをどう低減できるかを訴求することで、人が動くマーケティングを実現できるんじゃないかと考えました。実際、ヒットしたマーケティングを研究してみると、どれもうまい具合にそのニーズを満たしていたんです。

 リスク回避にも2種類あって、1つはマイナスをゼロにすることで、もう1つは、ゼロからプラスにもっていくこと。「マズローの欲求5段階説」に近い考え方です。そのマイナスーゼロープラスを縦軸だと考えたとき、僕らは横軸に自己ー他者を置いて考えることがあります。自身が理想とする自分になることと、他人といい関係性を築いていくことはどっちも重要なんですね。特に今の社会では、他人との関係の中でどうリスクを回避するが問われています。

 たとえば大人数でダンスをするとき、みんなで息を合わせてきちっとやりますよね。それは同調欲求が満たされると同時に、ストレスにもなるわけですよ。人間は必ず相矛盾した欲求を持っていて、どれかを立てると、どれかが立たなくなるんです。そのバランスを取るために、同調しつつも、自分らしいアレンジをちょっと入れるとか、そういう一工夫をすることで、バランスをとっている。他人との関係性と自己実現の軸で見ていくと、だいたいトレードオフの関係になっていて、そこを突きつめて考えることが重要だと思います。

ーーいまの日本においては、同調したい欲求と自分らしくやりたい欲求の2つが相反しながらも強くなっている、といえますね。成功するサービスや商品は、それを両方叶えてあげるものが多いと。

國田:いくつかデータを見ていると、コロナ前は同調欲求が大きかったんですが、コロナ後は自己実現欲求が強まっているようです。マズローの説でいう上の方で、知りたい、学びたい、自分をより高めたいという願望ですね。

 あとは他者が自分の行動に対してどうリアクションするかという事前予測は、人間の行動に大きな影響を与えます。人の行動は、基本的には事前予測して、その予測が当たった、もしくは外れたという結果を見たうえで、また次のアクションを起こすようになっているんです。たとえば友だちをご飯に誘うとき、どう言えばみんなが参加してくれるか、というのはすごく重要なポイントで、他者が許容する確率が高いほど、それに対する行動をとる確率も上がるのではないかなと。マーケティング的に見れば、いかに他人がいいと思う状況を事前予測させるかが鍵となってきます。こういう研究をするのが「行動デザイン」です。

ーー2000年代以降、パソコンやインターネット、スマートフォンが一般に広く普及し始めましたが、これは「行動デザイン」にかなり大きな影響を及ぼしていますよね?

國田:実はパソコンの登場は、そこまで大きな変化をもたらしていないんじゃないかと考えています。1960年代からあったコンピューターを、個人が所有できるようになったのは大きいですが、机の上に置いて、電源を入れて、インターネットに接続して初めて外の世界と繋がりますよね。オンライン/オフラインの概念は、パソコンをベースに考えられているくらいです。でも、スマートフォンの登場によって、いまは誰もが常時オンラインの世の中になっています。スマートフォン自体はただの電話で、インターネットの仕組み自体はこれまでiモードなどがやってきたことの延長線上なのですが、そこにSNSが登場したことが決定的でした。てのひらサイズのデバイスと、いろんなインターフェースや技術がセットになって、行動メディア、あるいは行動プラットフォームとなりました。行動と情報が、初めてデバイス上で一緒になったんです。すごくおもしろい時代ですよね。

ーー購買行動への距離感が一気に縮まって、手元のデバイスが行動に直結するようになりましたよね。

國田:そうなんです。あと、スマホを取り出す瞬間は、ちょっとした隙間時間ですよね。行為が始まってから完結して、また次の行為が始まる前に、少しの時間の切れ目があるんです。たとえば電車の乗り換えみたいに。その一瞬にうまく介入して、「選択アーキテクチャ」を築くことができれば、企業やマーケッターにとって有利なわけです。

 TikTokはショートムービープラットフォームとして、そういう短い時間で気持ちが和むように設計してあるように感じます。スマホは隙間時間をなくして自分が無駄なことをしていないような気持ちにさせてくれる、安心できるようなツールになっているという見立てなので、そこにアプリを起動してスワイプするだけで短時間でさまざまな情報が動画として入ってくるわけですから。

ーー國田さんから見て、広告の容れ物としてのSNSのポテンシャルは、いかがですか?

國田:ここでもまた、スマホが企業情報や広告も含めた購買情報と、購買行動をシームレスにしたことが決定的に大きいんですよ。たとえば店頭で商品を見て、その場でECサイトからその商品を買う人が、ここ数年出てきてますよね。お店で買ってもいいはずなんですが、持って帰るのが大変だとか、レジに並ぶのが面倒くさいとか、いろいろ理由があるんでしょう。フリクションレス(摩擦回避)とか、エフォートレス(手間いらず)などと言いますが、時間や手間など、自分が持っている貴重な資源を節約できることは、行動の大きなモチベーションになります。スマホを使って情報行動から購買行動まで完結する流れは、今後もどんどん増えていくでしょうね。

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