始まりは1台のゲーミングチェア。「人起点」のビジネスで成長するMSYがファッション×ゲームで目指す、新たなゲームシーンの創出
ゲーム×ファッションの領域に、新たな観点から挑戦しているのが、ゲーム機器の開発や輸入販売などを行う企業、MSYだ。同社は2003年にゲーミングチェアを開発し、事業をスタート。その後はRazerをはじめとする海外製ゲーム機器の輸入販売のほか、eスポーツ選手のサポートやイベントなど、事業の多角化を進め、成長を続けている。
そんな同社が新たに踏み込んだのが、ファッションの領域だ。2019年2月には、「Champion」と共同開発したユニホームを発表。2021年3月には、ウィメンズ向けスニーカーショップ「atmos pink」とファッションマガジン『NYLON JAPAN』とのコラボイベントを実施した。以降は自社ブランド「GRAPHT」でのアパレルアイテムの製作・販売を本格的に始動。ゲーム業界の新たなシーンの創出を目指し、様々なアイテムの企画を進めている。
ゲーム業界の中でも、他社に先んじて新たな仕掛けを行ってきたMSYは、なぜファッションの領域に進出したのか。そして、これからどこへ向かうつもりなのか。代表取締役の秋山昌也氏に話を聞いた。(石塚 振)
始まりは、1人のゲーマーのために作ったゲーミングチェア
ーーまず、ゲーム事業をスタートした経緯から教えてください。
秋山昌也(以下、秋山):正直ゲームはしないのですが、何かに熱量を持つ人が好きで会社を創るキッカケの最初の人がゲーマーでした。ゲームに係る事業を起こそうとは全く考えていなかったなかで、中野君という、とあるゲーマーの方と出会って。彼は「グランツーリスモ」が大好きで、コントローラーもハンドル型にするほどだったのですが、「家でゲームを本気でプレイするための環境が整えられない」という悩みを抱えていました。その解決策の1つとして、ゲーミングチェアを開発したんです。
ただ、開発した製品を日本国内で売ろうとしても、当時はゲーミングチェアが一般的ではなかったこともあって、商談で断られ続け、販路の開拓には難航していました。そこでアメリカの展示会に出展してみたところ、アワードを受賞し、結果的には2万台売れました。ゲームチェアを発売した事がキッカケでゲーム環境をよくする製品を作ることにしたんです。
ーー今では自社製品だけでなく、海外メーカーの製品も販売されていますよね。
秋山:2005年くらいから、SAITEKやRazerといった海外メーカーの製品を輸入販売しています。いずれもMSYの製品をアメリカで広めてくれた企業で、僕らとしてもお返しをしたいと考え、日本へのディストリビューションを始めました。
ーーその後もeスポーツ選手のサポート活動やイベントなどを立て続けにスタートしていますが、どういった経緯があったのでしょうか?
秋山:どちらの事業も、本気で活動しているプレイヤーたちの抱えている課題を解決したい、という思いから始まっています。プレイヤーサポート活動で言うと、「海外での請求書の出し方や確定申告の方法などが分からない」「個人で活動をしていて大手企業との契約が結べない」といった方をフォローしようと考えた結果、TeamGRAPHTとしてプレイヤーをサポートするという形に行きついています。
また、イベントに関しては、ファンと交流する場を設けたいけれど、開催場所の確保と、それに伴う資金が足りないといったプレイヤーに対して、僕らが卸先の店舗にお願いして場所を確保したり、コストを負担したりできれば、といった思いでスタートしています。
ゲームにはタイトルごとにコミュニティーがあり、ゲームクリエイターやプレイヤー、ファンがフラットな関係で繋がっています。そのなかでプレイヤーの課題を解決することで、彼ら・彼女らのパフォーマンスのレベルを上げることができれば、コミュニティー自体もより良くなっていくと考えています。
ーーお話を伺っていると、MSYはいずれの活動も「ビジネス起点」というよりは、「人起点」で始めているような印象を受けます。
秋山:その通りです。MSYのビジネスは、いちユーザーやクリエイター、プレイヤーの抱えている悩みを僕らなりに解決しようと考え、実践を繰り返していった結果、事業と言えるまでに成長していっただけなんです。そこで重要なのが「人」で、熱量を持った、バリエーション豊かな人たちとどれだけ関われるかが僕らのサービスやビジネスの生命線とも言えます。
アパレルアイテムの制作は、“お節介”がきっかけ?
ーーファッション領域へ進出し始めたのも、やはり「人起点」なのでしょうか?
秋山:そうですね。そもそもの発端は、僕らが現在サポートしているMOVという選手でした。彼を初めて見たのは、ラスベガスのEVOという大会。そこでMOVはベスト8に入り、1000人近くのオーディエンスの前を歩いていました。それだけでも十分かっこよかったのですが、当時の彼の服装が普通のTシャツにデニムで。「もっとかっこいい状態で戦えるようにできたら」という思いから、まずはユニホームを作りました。ちょっとしたお節介精神かもしれませんが(笑)。
ーーユニホームは、どういった点にこだわって制作したのでしょうか?
秋山:例えば、スポットライトが当たった際に光るよう、リフレクション素材を使ったロゴを使用したり、「GRAPHT」のロゴをカモ柄調に散りばめたグラフィックを採用したり。通常のユニホームとしての機能性はもちろん、会場でいかにかっこよく目立てるかを追求しました。
ただ一方で、ユニホームとしての機能性を高めるだけでは会場でしか目立たないということにも気づきました。後に選手たちに聞いたのですが、アメリカなどで出入国管理を通過する際に、現地の方から声をかけられるなど、日本のプレイヤーでも、海外ではスーパースターのように扱われることがあるそうです。そしてeスポーツ選手はツアー中などだと移動が非常に多い。そういったことを踏まえ、快適さは重視しつつ、移動中でも「かっこいい選手である」ということが分かるようなファッションを模索していきました。
ーー現在は選手用だけでなく、「GRAPHT」で一般向けのアパレルも制作していますよね。
秋山:選手が着るモノ以外で、ファンとゲームのパブリッシャーとの関係性を発展させるものとして一般向けのアパレルも作り始めました。ゲームはプレイ時の「楽しい」「楽しくない」がユーザーにとっての評価の中心となりがちです。でも、ゲームそのものの世界観や作られる過程など、他にも魅力がたくさんある。そういった魅力をアパレルで表現し、新たな接点やシーンを作ることができればと考えました。
ーーそのように考えたきっかけはあるのでしょうか?
秋山:イベント行う前からゲームの世界観を踏襲しながらファッションに変換させるデザインをしてきました。不安もありましたが3月に行った「atmos pink」と『NYLON JAPAN』のイベントで自信のキッカケになりました。
日本のゲーム文化のルーツでもあるゲームセンターを再定義し、新たなコミュニティーが始まるようなシーンを作っていこうという考えから実施したのですが、イベントに集まったファッション・シューズ好きの方の中には、ゲームも好きという方も非常に多くて。ファッション感度の高い人がゲームに興味を持ち始めているのと同時に、ゲーム好きの方のファッション感度も上がっているんだな、と実感しました。
一方で、ファッション感度の高い人にとって、既存のゲーム関連のアパレルアイテムはどこかグッズっぽく、洋服として着るという選択がしづらいのでは、とも思いました。