芳賀敬太&深澤秀行が語り合う『月姫』リメイク版の音楽 8枚組のサウンドトラックが完成するまでの裏側を聞く

『月姫』リメイク版のサウンドに込めたもの

 2021年8月26日、TYPE-MOONによる長編伝奇ビジュアルノベル『月姫 -A piece of blue glass moon-』が発売された。TYPE-MOONがかつて同人サークル時代に出したゲームのリメイク作であり、リメイク発表から数えて13年の時を経てようやくファンの手元に届いたこととなる。

 今回は同作のサウンドクリエイターである芳賀敬太・深澤秀行へのインタビューを企画。発売前から「8枚組のサウンドトラック」が話題になっている同作の音楽について、制作過程をじっくりと話していただいた。(編集部)

『魔法使いの夜』をより突き詰めた制作布陣

――芳賀さんはTYPE-MOONのサウンド担当であり、原作である同人版『月姫』の全楽曲を担当しています。深澤さんは今作におけるサウンドのメインコンポーザーであり、お二人は幾度も制作をともになさっております。今回は芳賀さん、深澤さんお二人の中で、『月姫』というタイトルがどういう位置づけにあるのか、その立ち位置を伺いながら掘り下げていきたいと思います。

芳賀敬太(以下、芳賀):月並みですが、僕にとってはやっぱり「原点」。リメイク版の発売までは、同時に目指すところでもあったんですけど、そうですね。基本的には立ち止まったときに常に振り返る場所という感じでした。なんていうか、やっぱり取り戻せない「何か」がそこにあって。『月姫』の音楽が形として特に優れている、ということは全然ないんですけど、いつだってそこを見つめ直すと、また前に進む力が出てくるみたいな。そういう存在です。あとはやっぱり、TYPE-MOONは今となっては会社ですけど、このチーム、同人サークルを作るきっかけでもあったので、「人生の分岐点」なんだ、っていうのはありますね。

深澤秀行(以下、深澤):いい話が聞けましたね(笑)。僕にとっては、TYPE-MOONさんとお仕事してきたタイトルの中で、『魔法使いの夜』、『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』、『Fate/Grand Order』ときて、今回の『月姫』が4つ目になります。さっき芳賀さんが「取り戻せない『何か』がある」っておっしゃっていましたけど、僕にとっては『魔法使いの夜』がそれにあたって。だから今回の『月姫』では、自分の中でのスタンダードにもなった『魔法使いの夜』と比べて、もっとブラッシュアップしたかった。もっといいものをつくるぞ、という気持ちはすごく大きかったですね。

――2011年、『魔法使いの夜』の作業と並行しつつ『月姫』の楽曲制作が始まったとのことですが、どのようなスタートだったのでしょうか。

芳賀:ほかセクションは別で進行していたのですが。少なくとも僕は「今日はできるな」というタイミングを断片的に見つけてコツコツと作っていました。サウンドの本格的な作業は「メニュー」というものができあがってから始まるわけですが、それでもリメイク曲については既に使うとわかっていたので、それを先行して膨らませていこうと。まとまった制作時間は一切取れてなかったんですけど、とりあえず少しずつ形作っていました。

――そこから社外の深澤さんを巻き込んだタイミングというのは、いつ頃になるのでしょうか。

芳賀:メニューができあがって、新しい『月姫』に必要な曲がわかってきたのは2016年ごろです。『魔法使いの夜』のサウンドをより突き詰めた形にしたい、という話もあり、そこで深澤さんにお声がけして承諾していただけたと。一番理想の座組で制作のスタートを切れました。

――芳賀さんはなぜ「『魔法使いの夜』を突き詰めたい」と思ったのでしょうか。

芳賀:『魔法使いの夜』のサウンドは深澤さんを中心に据えた4人(深澤秀行・芳賀敬太・James Harris・hil)で作ったものなんですけど、当時は全体の統一感を見ながら、深澤さんの曲にほかの3人が寄せていくっていう形をとったんです。

 その後も深澤さんと一緒に仕事をする中で、今回の『月姫』においては僕が作る曲でも、たとえば僕が100%の力でデモを作って、それをいったん深澤さんにお預けして、最終的な出力を深澤さんの音でしてもらう、そうやって整えるのが一番良いんじゃないかっていう思いが生まれていきまして、メインコンポーザーとして深澤さんに立っていただきました。今回のリメイク楽曲なんかはそういう形で作っています。

――『魔法使いの夜』以降もお二人は多数のお仕事で関係性を築いており、以前の取材では「お互いの中に小さい深澤さん・小さい芳賀さんがいる」という発言もありました。『月姫』の音楽にはまさにその両者の結実を見たように思います。楽曲制作は2016年からスタートしたとのことですが、どのような形で進んでいたのでしょうか。

芳賀:最初はメインヒロインのテーマソングである「アルクェイドのテーマ(月光)」から。それと同時にリメイク楽曲として、「月姫:re」や「月下:re」のような、ゲームの中心となる楽曲を。深澤さんによる新しいアルクェイドのテーマと、リメイク楽曲であるかつてのメインテーマ、その2つが定まったら自ずと他の道筋が見えてくるだろうと。こういう、「メイン楽曲からテーマを広げていく」っていう制作はFGOも含めて僕らの音楽の積み重ね方としてやってきたことだし、今回は『魔法使いの夜』でも『Fate』でもやっていなかったようなサウンドの指定だったので、本当にまず「骨」が必要でしたね。

――新しい「アルクェイドのテーマ」を作っていくうえで、深澤さんにはどのようなリクエストがあったのでしょうか。

深澤:最初の打ち合わせで聞いた月姫の世界観は、「『魔法使いの夜』と比べたら、より都会的でより現代的でよりミステリアスでより猟奇的だ」と。そういうキーワードをいただけたので、それを起点に考えていきました。

 僕はどんな作品に取り組むときも、音色だけ先に作るんです。音色に意味を付けて、サウンドパレットを作ると、全然違う曲調の曲を作っても、パレットがあれば世界観の統一が図れるので。『月姫』はメインテーマでもピアノの音が印象的なので、そこをベースにしつつ、ピアノ単体というより、ピアノになにかをレイヤーするとまた深みが出るかなと。単一の音色よりも、「ピアノになにかをレイヤーする」というのは手法として沢山使って行こうと決めました。アルクのテーマもピアノにレイヤーしたサウンドが中心になっていますし、そこでキャラクターを作れたんじゃないかなと思っていますね。

――深澤さんの作業としては、アルクェイドのテーマと同時期にリメイク楽曲のアレンジから手掛け始めていたとのことですが、具体的にはどの辺りから制作に着手していただいたのでしょうか。

芳賀:リメイクだと「月姫」、「月下」、「日向」、「灯火」といったところですね。一通りのデモを揃えてお渡ししました。「幻舞」「感情」は原曲を直接アレンジしていただいたかなと。

深澤:リメイクと新曲の進行は混然一体となっていた気がします。

芳賀:そうですね、当初の依頼だとこんなに曲は多くなかったので(笑)。段階的に10曲、20曲と増えていって……最初の予定だと半分くらいだったんですけどね。

深澤:追加の依頼が来ると、「ですよね〜」と思いながら快くお返事させていただいて(笑)。

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