永遠の命は人を幸せにするか? SF映画『Arc アーク』から考える“命の平等性とテクノロジー”
新たな技術がもたらす新たな不平等
主人公リナは、この技術によって永遠の命を得た最初の人類となる。
人が死を回避する選択肢を持ったとき、どのように生き、社会はどう変わるのかが本作の後半のテーマとなる。映画は主にリナの生き方を中心に描いており、社会全体がどのように変化したかは詳しく描写されない。だが、この不老不死の治療を受けるにはそれなりの大金がかかり、死は平等ではなくなっていることは示唆される。
富を持つ者はいつまでも若い人生を謳歌することができ、持たざる者には選択肢はない。死は貧乏人にも金持ちにも訪れる究極の平等をもたらす現象だったはずだが、不老不死技術は死を不平等にするのだ。
テクノロジーの発展による死の不平等といえば、Amazon Primeのオリジナルシリーズ『アップロード』による異なるアプローチも興味深い(参照:“デジタル来世”は死を不平等にする? 話題のドラマ『アップロード』のテクノロジーから考える)。『アップロード』は死後、人生のメモリーをクラウドにアップロードできる「デジタル来世」を描いた作品だ。この作品では、様々な企業がデジタル来世のサービスを提供しており、生前払った金額に応じて、住む世界のクオリティが異なってくる。貧乏人は1カ月に動ける容量がわずかで、容量オーバーするとフリーズさせられる。『Arc アーク』も『アップロード』も、新たな技術の発展は新たな不平等を生み出すことを示唆しているのだ。
永遠の命は幸せを運ぶのか
不老化技術を発表した時、リナと天音は、死があるから生に意味があるという考えに対して、それは死を受け入れざるを得なかった人類を慰めるためのプロパガンダに過ぎないと言う。
それは本当なのだろうか。死は無意味なもので、生だけが人生を豊かにするものなのだろうか。映画の後半は観客にそう問いかける展開となる。結婚式の定番の言葉「死が2人をわかつまで」というのは陳腐な言葉になると天音が言う。確かに人が死ななくなれば、それは一生の愛を誓う言葉ではなくなるだろう。
では、人は何によって別れることになるだろうか。原作ではその点についてこう描写される。
世界じゅうで、人生は永遠につづいていたが、人々はより幸せになったわけではなかった。人々は一緒に年を取らなくなった。――いっしょに成長しようとしなくなった。結婚している夫婦はおたがいの誓いを変えた。もはやふたりをわかつのは死ではなく、退屈だった。(『もののあはれ』P140、ハヤカワSF文庫)
不老不死はただちに人間を幸せにしない。それは一人ひとりが自らに与えられた選択肢の中で考えるべきことだろう。リナは、永遠の命を得ると同時に、永遠の命をあきらめる自由をも得たということだ。死ななければならない状態も、生き続けなければいけない状態も、ともに不自由なのだ。
自らの意思で選ぶ選択肢があるかどうか。それこそが人生においても大切なことなのではないかと、映画『Arc アーク』は観客に教えてくれる作品だ。
■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。
■公開情報
『Arc アーク』
現在公開中
出演:芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、中川翼、中村ゆり、倍賞千恵子、風吹ジュン、小林薫
原作:ケン・リュウ『円弧 アーク』(ハヤカワ文庫刊 『もののあはれ-ケン・リュウ短編傑作集2』より)
脚本:石川慶、澤井香織
監督・編集:石川慶
音楽:世武裕子
配給:ワーナー・ブラザース映画
製作プロダクション:バンダイナムコアーツ
製作:映画『Arc』製作員会
2021年/日本/127分/スコープサイズ/5.1ch
(c)2021 映画『Arc』製作委員会
公式サイト:http://arc-movie.jp/
公式Twitter:@Arc_movie0625