The Weekndが『スーパーボウル』ハーフタイムショーで示した、バーチャルからリアル回帰への希望

 日本時間2月8日にフロリダ州タンパで行われた『NFL スーパーボウル』のハーフタイムショーにThe Weekndが出演した。

 今年のハーフタイムショーでは、観客数を会場の収容人数の半分以下まで削減し、2万2000人を収容。ソーシャルディスタンスの確保、感染検査など感染対策が行われた上で開催された。また、今回は新型コロナウイルスのガイドラインに合わせて、事前収録する必要性があったかもしれないという懸念はありながらも、同イベントでの全てのショーは生パフォーマンスで披露されたことも大きな話題になった。

 そのような環境の中で行われたハーフタイムショーのエグゼクティヴプロデューサー、Jesse Collinsは、アメリカのテレビ番組『Entertainment Tonight』のインタビューで、「ショーが会場で生で起こっていることを強調しつつも、大掛かりなセットや、あの手この手の飛び道具を駆使するような派手な演出からは離れて、アーティストを特別な存在にするための核心に迫る」とコメント。その言葉どおり、過去のハーフタイムショーの出演者が2000〜3000人だったことに対し、今年は1050人まで減らし、これまでにも話題になってきた大掛かりなマーチングバンド演出やゲストアーティストの登場はなく、基本的にThe Weekndの1人舞台となったことが特徴だ。

 この例年とは違うショーの方向性には放送後、海外メディアの間では賛否両論となったが、今回、The Weekndが示そうとしたのは、コロナ禍で日常化したバーチャルな体験から再びリアル体験に向かおうとする姿勢、アフターコロナを見据えたパフォーマンスだったように思える。

 通常、NFLからアーティストに与えられるステージ予算は1000万ドル(約10億4580万円)ほどだと言われているが、The Weekendは、今回のショーのために自己資金で700万ドル(約7億3500万円)を追加。事前のインタビューでは「家で見る人にとっても、非常にシネマティックな体験になるような演出になる」と宣言していた。そんなショーの冒頭では、ラスベガスをイメージしたというネオンが光る街並みが映り、オープンカーのシートに座った状態のThe Weekndが登場。続いて、赤く目が光るマスクをしたコーラス隊が配置された舞台装置の中からThe Weekndが姿を現し、1曲目「Starboy」、2曲目「The Hills」を続けて披露した。

 次に舞台装置の中に再び本人が入るとそこは鏡ばりの迷路になっており、迷ったように顔をキョロキョロするような仕草を見せながら、3曲目「Can’t Feel My Face」を熱唱(この様子は放送後にミーム化してSNS上で人気を博した)。この時には昨年11月にThe Weekndがアメリカン・ミュージック・アワード出演時に着用したことで話題になった包帯マスクを身につけたダンサーたちも登場したため、その時のパフォーマンスを思い出したファンも多かったことだろう。

 続いて4曲目「I Feel It Coming」では、The Weekndは、迷路から抜け出し、セットの上部に姿を現したが、街の夜景や夜空を模した舞台背景を背負い歌う姿は、昨年9月のMTV VMAs時のパフォーマンスを彷彿させた。夜景と夜空を引き継いだ舞台で歌う5曲目「Save Your Tears」では、バックバンドも登場したが、その衣装は同曲のMVと同じものを着用していたことも目を引いた。6曲目「Earned It」では、オーケストラも姿を現し、本人が語っていた”シネマティック”な演出にも拍車がかかった状態に。そして、ラストには、再び顔面包帯ダンサーも登場し、イントロにイギリスのポスト・パンクバンド、Siouxsie and the Bansheesが1980年にリリースした「Happy House」のフレーズが加えられる中、大スケールで80sライクな人気曲「Blinding Lights」が披露された。こういった音楽的な小技が効いた演出は、ショーの音楽ディレクターを務めた『After Hours』以降、親交を深めている音楽プロデューサーのOneohtrix Point NeverことDaniel Lopatinとの話し合いで出たアイデアだったのだろうか。とにかく曲の世界観とリンクするサプライズ要素だった。

 今回のショーを振り返ってみると、昨年8月にTikTokで配信されたバーチャルライブ『The Weeknd Experience』の演出を彷彿させるシーンも見られた。音楽の世界では近年、インターネット上で起きたオンラインのムーブメントをオフラインの現実世界へと持ち込み、リアルなムーブメントに変えていく”URL to IRL”的な動きがあったが、コロナ禍を契機にそれも一転。昨年以降、多くのアーティストが現実からバーチャルへの移行を余儀なくされた。The Weekndもその1人だったはずだ。

 その流れの中で行われた『The Weeknd Experience』では、近未来や宇宙を思わせる現実では再現できないバーチャルならではの表現が見られたが、今回のショーではオープンカーやネオンが輝く街並みのほか、青や赤といった色味の照明、無数の花火など、バーチャルライブで用いられたいくつかの演出が現実世界での演出にも用いられていた。このことから『The Weeknd Experience』は、The Weekndのライブ演出イメージをテクノロジーで一旦、具現化したものだとすると今回のショーでは、そこで試した表現の中から現実化可能な要素を抜き出し、リアルで再現したもののように思えた。

 『The Weeknd Experience』で見られたオープンカーやラスベガスの街並みは「Blinding Lights」MVで見られたものが元ネタだが、そのことを考えると今回のショーでは、一旦現実からバーチャルに移行されたものが現実回帰を果たしたと捉えることもできるはずだ。そして、このことはコロナ禍によって、バーチャルに移行したエンタメの現場が、今後のアフターコロナの時代には再びリアルに戻ってくることを暗に示すと同時に、ショーの視聴者に”いつかは帰ってくるであろうリアルライブ”への期待感を改めて膨らませるという演出上の意図があったのはではないだろうか?