「バーチャルを通して、一人ひとりが社会を変えられると感じてほしい」 クラスターCEO・加藤直人と考える“エンタメ×テクノロジーの可能性”

「バーチャル空間の本質は『豊かさ』にある」

――もうひとつ今年の大きな変化として、「Cluster Creator Kit」を実装したことで、ユーザーやクリエイターのみなさん自身がワールドをつくることがより簡単になりました。これによって、プロがつくりあげるVRライブ/イベントだけでなく、ユーザー発の様々なイベントが連日のように開催されていた印象です。

加藤:これに関しては、僕らが立ち上げ段階からやりたかったことのひとつでした。僕自身、「メタバース」という言葉は、サービス提供側の視点や現実空間ありきの考え方で好きではないんですが、そういう環境が当たり前になったときに、ひとつの企業がすべてのコンテンツを提供するのは不可能だと思っていて。体験にも色んな種類があることを考えると、むしろ全人類巻き込み型で、みんなでつくっていくことが大切だと思っているんです。バーチャルもしかりで、そもそもあるべき社会とは、「世の中のみんなでつくっていくべき」ですよね。クリエイターのみなさんが自由に何かをつくれる機能は、立ち上げ当初から提供したいものでした。

 ただ、当時はお金がきちんと回るプラットフォームになるのが先だという思いもあり、まずはイベントからスタートしたんです。そこから数年間で、バーチャルシンガーさんのライブやイベントもだいぶ浸透しましたし、資金的にも余裕が出てきたので、今回ちょうどいいタイミングで実装できたのかな、と思っています。clusterで担当した『バーチャル渋谷』も、公式でワールドをつくってはいますけど、同時にユーザーさんの中には、自分で渋谷のワールドをつくってしまった方もいたんですよ(笑)。

――UGC(ユーザー生成コンテンツ)的な発想ならではの魅力ですね。

加藤:僕の想いとしては、clusterを通して、「自分が住む世界や、自分が生活する場所を、自分で手を入れてつくってほしい」と思っているんです。いま日本の若者の選挙の投票率は低いですが、その理由のひとつとして、シルバーデモクラシーなんて言われる中で「自分の行動では世の中は変わらない」というムードがありますよね。政治を通して、個人が世の中に影響を与えていくことについて、肌感が得られない。でも、バーチャル空間は、誰でも世の中を動かして、世界と繋がっている感覚を得られる場所ですし、「こうあってほしい」というものを自由自在につくり出せる場所なんです。何なら、社会や世界自体をいちからつくり出してしまうことができてしまって、そこに友達を呼んだり、誰かが来たり、世界の創造主になれる場所でもあるわけで。

――バーチャルでの経験が、現実で世の中を変える原動力になる可能性もある、と。

加藤:そのことと関係あるかないかわかりませんが、最近、cluster上では学園祭がたくさん行なわれていて、色んな大学の学生さんが自分たちの大学をcluster上に再現してくれているんです。その学園祭を体験した人が、実際のキャンパスに行ったときに「clusterで観たのと一緒だ!」という反応をしていたのも、リアルとバーチャルが逆転した体験で面白かったんですよね。本来は、現実にあるものをバーチャルで再現して「現実と一緒だ!」となるはずなのに、ユーザーの体験がナチュラルに逆転している。同じように、渋谷に行ったことのある人が、バーチャル渋谷を訪れて「現実と一緒だ!」と思うこともあるでしょうし、逆にバーチャル渋谷を先に体験した方が実際に渋谷に行って、「clusterで観たのと一緒だ!」と思うこともあると思います。

――加藤さんが、リアルとバーチャルの違いを感じることはありますか?

加藤:最終的には情報量の差に尽きると思うんですけど、ずっとバーチャルにまつわるサービスをやってきて思うのは、少なくとも現状ではリアルならではの魅力として「歴史の重さ」はとても大きいな、ということです。バーチャルの場合、今はまだ歴史も浅いですから、新しく空間をつくっても、そこには思い出の蓄積や歴史がありません。一方、リアルな場所では、渋谷には渋谷だけが歩んできた歴史がありますし、他の街ごとにそれぞれの歴史があって、だからこその積み上げられた重みがあります。つまり、デジタルかデジタルじゃないかよりも、その「ストーリーの蓄積」に違いがあるのかな、と。もちろん、これは黎明期ならではの状態で、これからバーチャル空間が何年も続いていったときに、たとえば「clusterの初期のあのワールドの感じ、よかったよね」という感覚が生まれていくのかもしれませんので、そこに意識を向けていくのは大事になってくるんだろうと思います。

――clusterは今年、ゲーム機能を実装しましたが、ブログなどでは「まだ実装には至っていないものの、セーブ機能をつけたい」という構想も語られています。この辺りにも、体験の蓄積を生み出せるようにしたい、という気持ちが込められているのでしょうか?

加藤:まさにその通りです。現状では、ワールドに入ってくれた方のストーリーが、一度ワールドを抜けると蒸発してしまうので、その部分を積み重ねることができたら、体験が大きく変化するのかな、と思っているんです。別にゲームである必要はなく、ワールド内での体験を積み重ねられる機能がつくれたら体験に深みが増すだろうなと。また、インターネットの根本にかかわるロングテールの部分というか、多くの人々が集まって楽しめるものと並行して、「3人しか興味はないけれども、その3人にとってはものすごく楽しい」ようなコンテンツが存在できて、それがすごい価値を生むようなアーキテクチャについても考えていて、それを推し進めていけたらと考えています。

――ちなみに、加藤さんが今年印象に残っているclusterのイベントといいますと?

加藤:たくさんありますが……やはり大規模イベントは印象に残りやすいですね。たとえば、『ポケモンバーチャルフェスト』はお子さんや海外の方もたくさん来てくださって、強烈な体験でした。また、『SAO アリシゼーション WoU - Virtual Meeting』では、日本語の、しかもトークイベントなのに、コメントで日本語よりも英語やスペイン語の方が多かったりして。もしリアルタイムですべての言語を翻訳してあげられるようにできれば、すごいものになるなと感じました。中でサーバーを分けて、体験は一緒だけれども、言語が違うようにしてもいいかもしれない。そういう可能性を感じたのが『SAO』のイベントでした。そして今年は、やはりユーザーさんが主催するイベントもたくさん生まれたのが印象的でした。ユーザーさんが自ら握手会イベントを行って参加者のみんながずらっとバーチャル空間に整列していたり、バーチャル空間内でアバターのファッションウィーク的なイベントが行なわれたり、みんなクリエイティビティあふれるイベントをしていて「すごく面白いなぁ」と思いながら見ています。

 2021年にやりたいのは、これまで培ってきたゲーム機能とイベントのノウハウを活かした、真の意味でのeスポーツです。eスポーツって、今はゲーム画面が映るところに人が集まって試合や応援が行なわれていますけど、一番いい体験だと考えているのは、『ハリーポッター』のクィディッチ(作品内に登場する架空のスポーツ)のシーンのように、観客も会場の中で、競技を目の前で楽しめるような環境のはずです。ああいう体験、今ならもう作れてしまうよな、と思うんです。

――それはかなり面白そうですね。

加藤:ゲームをしているところを、お客さんもそのゲーム内で楽しめるもの、というか。そこまでいくと、現実のスポーツとはまた違う可能性が出てくると思います。競技場にしても、リアルでは、ある競技用につくられた会場はその種目以外には使いづらいですが、バーチャルだと形だって変えられます。場合によってはユーザーが会場やゲームをつくって、それを遊ぶ様子を観るイベントだってできるかもしれません。外から邪魔攻撃ができるような、観客参加型の競技があっても面白いかもしれないですよね(笑)。

――自分もその場に行っている、という感覚になると、その周囲にグッズなども含めて、これまでとはまた違った経済圏も生まれてきそうな気がします。

加藤:インターネットのトラフィックに限界があることもあって、これまでのインターネット体験は効率化が重視されてきました。Amazonでの買い物や、テキストチャットの機能性はまさにその代表例です。ですが、これからはもっと贅沢な情報がインターネットに乗り、それが大きなトレンドになると思います。そのときに重要なのは、やはり、無駄を活かした贅沢な体験も、そうでない体験もどちらもあることです。瞬間的に別の場所へと移動できるバーチャル空間上では、本来歩く必要はないはずですよね。でも、人は不思議と歩いて移動したくなるときだってあるんです。そのときに、歩きたい人は歩けて、歩きたくない人は歩かなくていいという、その両方を選べる状態にすることが大切で、それを選べることこそが「豊かさ」なんじゃないか、と思うんです。僕はバーチャル空間の本質って、その選択肢がある「豊かさ」にあるんじゃないかな。

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