「バーチャルを通して、一人ひとりが社会を変えられると感じてほしい」 クラスターCEO・加藤直人と考える“エンタメ×テクノロジーの可能性”

"バーチャルで世界を作れること”の重要性

 2018年に開催された世界初の商業的なVR音楽ライブ『輝夜 月「LIVE@ZeppVR」』を筆頭に、クオリティの高いイベント/ライブ体験を提供しているバーチャルSNS・cluster。

 今年は渋谷区公認の『バーチャル渋谷』や、『ポケモンバーチャルフェスト』といった大型プロジェクトに加え、モバイルアプリのリリースや、ユーザーが手軽にワールドを制作できる「Cluster Creator Kit」の配布、ワールド内でゲーム体験を制作可能なゲーム機能の実装等により、ますます豊かなバーチャル体験が可能なプラットフォームへと進化を遂げている。

 飛躍の年となった2020年や、コロナ禍以降のエンターテインメントの可能性について、clusterを運営するクラスター株式会社代表取締役を務める加藤直人氏に聞いた。(杉山 仁)

「コロナによって、多くの人が『引きこもることの大変さ』に気づいた」

――今年はコロナ禍で多くの人々が甚大な影響を受けていますが、バーチャル業界にとっては、ある意味では追い風にもなるような、より世間からの注目が集まった1年だったのではないかと思います。clusterの場合はどうでしたか?

加藤直人(以下、加藤):コロナ禍に入ってから、問い合わせも目に見えて増えていて、以前とは桁が2つくらい変わった印象です。もともと、clusterの正式版を出した2017年頃は、「ライブやイベントの配信はされているけれど、“人が集まる”という体験の魅力自体は、まだインターネットでは実現しきれていない」という中で、「それをつくりたい」と思っていました。ですが、ないものをつくるのには時間がかかりますから、「10年かかっても仕方ない」と長いスパンで考えていたんです。それが、今年のコロナ禍によって4~5年ほど巻いて進んでいるように感じます。

――clusterの場合、コロナ禍以前からVTuberによるライブイベントなどが盛り上がっていましたが、今年は事業としてさらに加速していった感覚なのですね。

加藤:そうですね。正式版が出た2017年の5月31日から半年ほどは、clusterにとって冬の時代で、正直「どうしよう」とも思っていました。でも、その頃から、バーチャルなキャラクターが音楽コンサートを開いたりする未来は絶対に来る、と感じていて。半年経った頃に、VTuberという存在が世間的にも注目されはじめ、2018年に入ってさらに人気が広がっていきました。clusterでも、音楽ライブからファンミーティングのようなものまで、様々なイベントを開催してきました。そこでバーチャルYouTuberさんが音楽コンサートをやる基盤のようなものができてきたと思うのですが、その先の一手として「まだこれは時間がかかるだろうな」と思っていたことが、今年に入って実現していった感覚です。

 今年はコロナによって、多くの人が「引きこもることの大変さ」に気づいたはずですが、この大変さが何に起因しているかというと、「まだインターネットに乗っていない体験がある」からだと思うんです。それこそ、緊急事態宣言下では、みんな人に会いたくて仕方なかったでしょうし、実際に人が集まったときのエモさや、集まることによって得られる情報量を改めて実感したんじゃないかと思います。そうした体験をある程度可視化できるプラットフォームとして、コロナ禍以降、さらにclusterに注目してもらえているんだと思います。

――そもそもコロナ禍になる前の段階で、2020年のclusterはどんなことをしようと考えていたのでしょう?

加藤:2019年までのclusterは、バーチャルYouTuberさんやバーチャルシンガーさん、バーチャルタレントさんのイベントを多数開催してきましたが、さらに一般的なコンテンツにも落とし込みたい、と考えていました。リアルアーティストさんによるバーチャルイベントも準備していましたし、テーマパーク的なものをどこかと一緒にできないか、と検討していたり。3月からは、それまでVRデバイス(とデスクトップPC)だけに対応していたものを、スマートフォンでも視聴可能にしました。これは、僕らがVRデバイスにこだわっているわけではなく、「体験」自体を大切にしたいからです。バーチャルなコンテンツやサービスは人間中心にデザインされるべきだと思っているので、今後はゲーム機からでも、どこからでもログインできるようにしたいと思っています。

――clusterのイベントはクオリティが高い反面、ハイスペックなPC接続型のHMDが必要だったので、視聴環境の選択肢が増えたのは大きな変化だったと思います。

加藤:たとえば、10月にclusterで開催したYuNiさんのコンサート(『YuNi 3rd VR Live 「eternal journey」』)は、当日僕が外で打ち合わせだったので、帰宅途中にライブがはじまって、電車の中でスマートフォンで観はじめました。そして、その後家に着いて、着替えている間にiPadでライブを観て、そのあとじっくりとVRで観たんです。自画自賛になってしまいますが、そのときに「人間中心にデザインされているな」ということを実感しました。clusterは、基本的にはバーチャル空間に「行く」体験を提供するサービスですが、観る人のシチュエーションによって提供の仕方は変わるべきだと思うんです。それこそ、電車の中でVRデバイスをかぶるわけにはいかないので、「電車の中ではこれ」「歩いているときはこれ」「家についたらこれ」という選択肢があるべきで。それが、未来の姿なのかな、と思っています。

――単純に「HMDがない人のためにVRコンテンツの簡易版を用意する」という話なのではなく、「様々なシチュエーションに対応できる選択肢を増やす」という発想なんですね。

加藤:さらに言えば、デバイスやVR/ARということを意識しないところまで行くのが理想だと思っていて。理想のVRってどんなものかと考えると、僕は「夢を見ているような状態」に近いのかな、と思うんです。夢の中なら、自由に飛びまわって、どこにでも行けてしまう。そういう意味でも、映画『インセプション』みたいに、夢を見ているのか現実なのか分からない状態が理想の体験なのかな、と。

 『バーチャル渋谷』もそうですが、「リアルの渋谷なのか、バーチャルの渋谷なのか、どっちだっけ?」という、「リアルやバーチャルであることに意味はない」というところまで行くのが体験として最終形態だよなと考えてます。今って、リアルのライブやバーチャル上でのライブに限らず、色んな人が色んな方法でライブを楽しんでいますよね。それはもともとのライブが色々に形を変えてディストリビューションされているということですし、もう手段は気にしなくていいんじゃないか、と思うんですよ。

――人の好みやそのときの状況に、ライブ自体が適応していけばいいんじゃないか、と。

加藤:そうやってパーソナライズされていくべきだし、届けられ方も進化していくべきだと思います。たとえば、これまでの古いコンテンツディストリビューションだと、東京ドームで人気アーティストがライブをしてもたった5万5000人しか同時に観られません。それに、地方の方は遠征して現地まで行かないといけないし、席によっては見づらくなる可能性だってあります。これってとても旧時代的な体験だと思っていて。現地に行く人もいれば、TVやインターネットで観る人もいれば、VRやAR的な体験をする人もいるという形で、それぞれに楽しみ方がパーソナライズされながらも、熱量はシェアされているという状態が、目指すべきありかただと考えています。それが真の「ソフトウェアファースト」だし、サービスやコンテンツ提供者は意識しなきゃいけない時代に突入している。

――なるほど。

加藤:結局はユーザーが楽しめる、喜べることがすべてなので、ある人は「東京ドーム」を選べばいいし、ある人は「Nintendo Switch」を選べばいいし、またある人は「Oculus」のHMDを選べばいい――。そうやって人によって変わるハードのひとつに、「リアル」があってもいいんじゃないかと思っています。今はちょうど、その手前にいると感じていて、このコロナ禍で「そういう方向に進もう」と、イベント主催側が本気で考えはじめたのは、大きな変化でした。これまではそういう発想があっても、実際にはやらない人が多かったと思うので。

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