「バーチャルを通して、一人ひとりが社会を変えられると感じてほしい」 クラスターCEO・加藤直人と考える“エンタメ×テクノロジーの可能性”
バーチャル上に必要な“多様性”と“調和”のあり方
――今後のバーチャル空間について、加藤さんが楽しみにしていることを教えてください。
加藤:長期的な視点でひとつあるのは、五感についての話です。バーチャル空間は「どこまでいけば完成なのか?」と考えたとき、僕は食事ができることだと思っているんです。つまり、バーチャル空間に乗る感覚のうち「味覚」や「嗅覚」が最後に実現できそうな感覚で、食事の体験って一番贅沢なことなんじゃないかと思っていて。そういえば、Amazon Prime Videoのオリジナルドラマ『アップロード』は、死ぬ前に自分の意識をデジタル化できてアップロードできる、それこそclusterのようなバーチャル空間内で死後も生きる、というテーマの作品ですが、あの作品で面白いなと思ったのは、デジタル空間なのにご飯を食べないとお腹が空くことで。ご飯を食べるサービスは最初取り払われていたけれど、その結果、数週間で人が発狂した、つまり「文化的な営みを取り払った瞬間に安定性が保てなくなった」という話をしていて「なるほど、あり得る」と思いました。そういう意味でも、僕らも文化的な営みにかかわれることをしていきたいです。
短期的には、アバターにまつわることですね。現状では、自分の得たい見た目を手に入れることはまだまだ高コストです。もちろん、VRoidもありますし、キャラクターメイク用のサービスも色々と出てきていますが、まだまだ敷居が高い部分もありますよね。ですが、もしSNSでイラストを誰かに書いてもらって、それをアイコンにするくらいの手軽さで実現できるようになると、バーチャル空間/デジタル化された世界におけるアイデンティティが、よりはっきりしてくるんじゃないかと思っています。
――確かに、いまってアバターを購入したとしても、他の人と被ってしまう場合も多いと思いますし、仮にそれをカスタムする場合には、専門的な技術が必要になってきますよね。
加藤:その敷居をもっと下げる方法は色々と考えられるはずですし、これはすごく面白いと思っています。しかも、その方法には大きく分けて2つの方向性がありますよね。ひとつは人から寄せていく方法で、TikTokやLINEのビデオチャットのエフェクト機能のようなもの。少し前だとSNOWもそうですが、ああいう可愛い顔に仕上げるフィルターって、もはやアバターと同じだと思うんです。「あんなに目が大きな人、いないでしょう」と(笑)。つまり、現実の人間からアバターに寄せていくつくり方は、その延長線上にあると思います。そしてもうひとつは、バーチャルタレントの方々のようにキャラクターから寄せる方法です。その2つがいつか重なって、どちらの方向からも低コストにアバターが得られる時代が来れば、誰でも手軽に好きな容姿で過ごせます。たとえば、僕のアバターは鳥型ですが、「鳥の形になりたい!」と思えば、鳥にだってなれるということで。
――確かに、全員が人型である必要もないですよね。
加藤:そんな時代になると、コミュニティの在り方や、人の価値観も大きく変わっていくのかな、と思います。また、バーチャル上に国境は必要か、という議論もありますよね。ユーザーが増えれば増えるほど、僕はゾーニングやセグメンテーションが重用になると思っていて。バーチャルやインターネットの長所は簡単に他人と会えることですが、だからこその摩擦も存在します。その際、完全に調和することは難しいですから、自分の興味のない価値観や信条をすべて受け入れるのではなく、「そういうものもある」と認識したうえで、「でも自分はこっちが好き」という選択ができる状態が多様性だと思うんです。少なくとも僕は、「違った価値観が、まだらな状態で存在しうる」ことが多様性であり、調和だと思っていて。その状態を保つためにも、別の山と山がつねに混ざったりはしないような仕組みが、バーチャル上にも必要だと思います。明確なボーダーを設けるというより、アルゴリズムで重なる場所が薄く存在する状態をつくる必要があるのかな、と。
――そうした別の山にいる人たちを繋ぐのが、たとえばエンターテインメントやイベントのような体験を共有する機会なのかもしれません。
加藤:そうですよね。たとえば、「テイラー・スウィフトがライブをします。1億人が参加します」というバーチャルライブって、今後絶対に可能になると思いますし、そのときに多くの人々がひとつの場所に集まって熱狂する、ということは、起こりえることだと思います。全部がつねに繋がっている必要はないけれども、お互いをリスペクトしていて、集まるときには集まれる。そういうものができたら未来になっていったらいいな、と思います。
――最後になりますが、コロナ禍以降においても変わらない価値観というと、加藤さんはどんなものだと感じていますか?
加藤:大前提として、今はバーチャルなイベントは過熱している状態で、「リアルではできないから、バーチャルな選択肢を使おう」というハイプに当たる状況で、確実にいつか揺り戻しがくると思います。ただ、これはいつも言っていることなんですけど、技術の進歩よりも、人間の認識が変わることの方が圧倒的に遅い部分があって、たとえば、「地動説が受け入れられるようになった決め手は、天動説を信じていた世代の人たちが全員亡くなったから(天動説を支持していた研究者が全員高齢になり亡くなったから)」なんて話があったりします。つまり、技術的に可能でも、その技術を信頼してもらうのには、とても時間がかかるんです。「人が集まる体験」をインターネットに乗せていくclusterの場合は、今年のコロナ禍においてそこがある種強制的にアップデートされて、OSのバージョンが2つぐらいアップデートされた感覚がありました。そして、コロナが落ち着きはじめて、リアルのよさを見直す機会が生まれても、コロナ禍で一度アップデートされたOSが元に戻ることはないと思うんです。つまり、今後どんなふうに状況が変わっていったとしても、リアルとバーチャルの両方の魅力を理解した状態は、決して変わらないと言いますか。
しかも今は、みんながそれを認識できる状態になったことで、ディスカッションが生まれて、「こういうこともできそう」「こういうこともやりたい」と提案してもらう機会も増えているので、色んな方々と連携したり、色んな声を上げていくことで、バーチャルなエンターテインメントが、今以上に広がっていけばいいな、と思っています。そうやって社会全体が変わっていくのはポジティブですし、これまでリアルのライブ演出を担当していた方とお話ししても、新しい演出方法として可能性を感じてくださっているのを実感します。
――clusterさんのバーチャルライブなら、それこそ空を飛ぶこともできますよね。
加藤:そうですね。他にも、水がステージに入ってきてせりあがってきて、アーティストさんも「ゴボゴボゴボ……」と水の中に入ってライブをするというものもあったり。現実で水の中でライブをするなんて、物理的に不可能じゃないですか。これはやはり、バーチャルだからこそできることです。そんなふうに、clusterというプラットフォームや、バーチャルな技術が、人間のクリエイティビティを刺激するような存在になれたら嬉しいです。