“第五の壁”を溶かした「SECRET CASINO」が創出する新たなゲーム体験とは? イシイジロウ×三宅陽一郎 対談

“第五の壁”を溶かす新たなゲーム体験

コロナ禍は“30年後の未来の記憶”を見せている

三宅:「場」の力というものは、動物的な本能を機能させるためにあったのかもしれないですね。そしてこれまでは動物的な仕組みを使って、会社という組織を動かしてきた。

 MMORPGでも、プレイヤーは仮想的な身体を持ちますが、これも非常に動物的で。そしてそこで起こるプレイヤー相互のインタラクションとして「守ってくれた」「ヒールしてくれた」「アイテムをくれた」といった動物的な原理を持ち込むことで、仮想的なものにリアリティを与えてきました。

 でもいまや僕らは、本当の意味での人工的な組織を作るという局面に晒されています。

 会社というものも、本来は仮想的なものだと思います。そしてそこにリアリティを与えるために、身体的リアリティを使ってきた。けれどこれからは身体や本能抜きで組織を作る必要があります。

イシイ:動物的な本能や、脳のエラーとどう折り合いをつけていくかが問われる時代ですよね。

 僕としては「情報」として生きていくのが好きなのですが、でも脳と身体に支配されているのも事実だし、身体や脳のエラーを使ってブーストしたほうが良い情報としての生き方が出てくることもあります。

 でも身体に流されるようでは駄目なんですよ。身体をコントロールして情報やエネルギーをどう生むが大事なんじゃないかと考えています。

三宅:実際、コロナ前の段階で「新歓や飲み食いを通じて帰属意識を育む」といった慣習は廃れつつありました。この動きがコロナで一気に進んで、30年ぶんをすっ飛ばした未来に到達した感があります。特に日本は身体に依存する側面の多い社会でしたしね。

 ただ、そうやってすっ飛ばしたからこそ、いろんなところで問題が噴出するかもしれません。また、身体が使えなくなるぶんの欠損を埋め合わせるシステムも必要になるでしょう。

 身体はいろいろな問題を引き起こしますが、むしろそれが我々の生の正体でもあります。身体がないと知能は作れません。脳だけでは世界に参加できないんです。植物が土に根を張るように、知能は身体で根を張っていて、身体で世界に参加し、時間と空間の作用を受け続けています。そして我々は移動するという身体や、会うという身体を通して、自分の物語を作っていました。

 なので社会が身体の側に揺り戻すことを期待する人もいるでしょうし、逆に、だからこそ戻るなよ、と思う人も少なくないでしょうね。

イシイ:そうですね、今の状況にひとくぎりがついたら、旧態依然としたもので大部分塗りかえられるだろうなとも思います。動物としての群れの本能は強いですし、抑圧された本能は逆襲するものですから。

 だからいま想像する新しい未来はいったん古いもので塗り替えられ、その後でゆっくりと技術が軟着陸する方法を探していくのではないでしょうか。

三宅:本来はゆっくりと進む変化だったはずのものが、タイムスリップしたようなものですからね。

 オンラインへの変化は遅かれ早かれ起こったでしょうが、今回はドラスティックな変化として現れました。本来なら会議のオンライン化ひとつとっても「オンライン会議で良い派」と「オンライン会議では駄目だ派」がゴタゴタするはずが、一瞬で変わりましたよね。

イシイ:「我々は未来を見た」という感覚がありますね。

 ただ、多少古い時代のシステムが戻ってくるにしても、「情報のネットワークだけでつながる社会、自分が群れを選ぶ世界というものは確かに存在するのだ」という未来の記憶を持つことはできます。

 この「30年後の未来の記憶」が、10年後に社会的な仕組みとして戻ってくるのだろうと思いますよ。

三宅:事実、この擬似的なタイムスリップは、何もかもハッピーな物語ではないですしね。飲食店やゲームセンターのように、戻らないと困るところもたくさんあります。

 そういう意味で、揺り戻しは社会の必然です。だからこそ、まさにご指摘のように「揺り戻したあと」をどう作っていくかが大事ですね。

イシイ:「群れを選択する自由」は残って欲しいですね。

 群れというものにも良いところ・悪いところがあるわけですが、ライブコンテンツが強くなっていったことが示すように、群れをエンタメとして楽しむことにはネガティブではないんです。

 ただ、群れを強制される状況からは、脱するべきだと強く思います。

三宅:物理的空間を越えて場を選び得る、「自分で群れを選べる社会」というのはスローガンとして残したいですね。

***

 「新しい生活様式」という言葉が象徴するように、社会が急激な変化を迎えることによって、社会を支えてきた「場」のあり方もまた急激に変化した。その結果として未来を先取りするかのような変化も発生すれば、あまりにも急激すぎる変化に伴う摩擦もまた発生している。

 そんななか、人生そのもの、あるいは人生のさまざまなステージにおける葛藤や日常を指し示す物語にもまた「新しい物語体験」が要求されるようになったが、現状ではまだまだそのような物語体験が十分に出そろっているとは言いがたい。

 今こそ「先んじて訪れた未来における人生」、あるいは「先んじて訪れた未来の社会」を指し示す物語体験が、もっとたくさん必要なのだ――そんなことを感じさせてくれる対談であったように思う。

※リアル脱出ゲームはSCRAPの登録商標です。

(メイン画像=Unsplashより)

■書籍情報
『IPのつくりかたとひろげかた』
著者:イシイジロウ 
〈内容〉
作品を次世代に引き継ぐには「世界観IP」へのアップデートが必要だ!
シリーズ化して後世に残る作品と、続編が失敗して忘れられてしまう作品の違いは、「世界観IPになっているか」にある。作品が世界観IPになるためには、ストーリーが面白いことは大前提だが(=ストーリーIP)、さらに愛されるキャラクターを立て(キャラクターIP)、その上でキャラクターが入れ替わっても魅力が失われないシステムを打ち立てる必要がある(=世界観IP)。世界観が確立すれば、作者が入れ替わり、時代に合わせて脚色してもIPは同一性を残して未来に受け継がれる。
https://ji-sedai.jp/book/publication/2020-10_ipno.html

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