“第五の壁”を溶かした「SECRET CASINO」が創出する新たなゲーム体験とは? イシイジロウ×三宅陽一郎 対談

“第五の壁”を溶かした「SECRET CASINO」が創出する新たなゲーム体験とは? イシイジロウ×三宅陽一郎 対談

主人公性を誰に持たせるべきか?

三宅:「SECRET CASINO」に参加してみて驚いたのは、参加者の多くがみんな、自分の顔を映していて、かつバーチャル背景も使っていないということでした。自分の顔を出して参加するという意思は、つまり自分=主人公という感覚になれているのかなと。ゲームでいえばFPS、一人称視点での参加ですね。

 僕はそういうのが苦手でTPS参加、つまりゲームの中にアバターを置いて、背中越しにゲームをしたいという欲求が強いんですが、「SECRET CASINO」の参加者はFPS的なものにすっと順応しているなあと感心しました。これって普通のPCゲームを遊ぶ層とは、違う層を掴まえているという証拠のひとつでもあるな、と。PCゲームが好きな人は、仮託するキャラがいたほうが楽だと言うことが多いですからね。

イシイ:「SCRAPのリアル脱出ゲームからはIPが生まれない、キャラクターが生まれない」と相談されることがあるんですが、「だからこそ特別で人気があるんですよ」と僕は思っています。

 これは主人公性の問題で、SCRAPのリアル脱出ゲームには観客に主人公性があるんです。自分が完全に主人公である体験がリアル脱出ゲームであって、司会者やNPCが主人公性を持ちすぎると観客としてはイヤなんですよね。

 ただ、これをリモートにもってくると、なかなか上手くできないんです。例えば「同時参加人数が5人まで」とかいうことにせざるを得なくなってしまう。

 その点、「SECRET CASINO」は当初から100人参加に拘ってたんですが、そうなるとやはり主人公性を画面の向こうに持って行かざるを得なかったですね。画面の向こうに感情移入して、リアル脱出ゲームのノウハウを使って画面の向こうを応援する……そういう実験的な作品になったのではと思っています。

 ただこれは本当に難しい話で、主人公性そのものはZoomでも感じることができるんです。事実、参加者には自分がどう映っているかを意識している人と、してない人がいます。そして自分がどういうカメラアングルで映っていてもOKな人、言い換えれば自分自身が映る画面を見ず、他の画面に集中している人は、三宅さんの指摘でいう「FPSの人」だと思います。

 一方でエンタメを作る人は自分を客観視する癖があって、これは映像型だと特にそうです。こういう「TPSの人」は、自分がどう映っているかが気になるし、カメラをどこに置いているかを考えながら生きている。だから僕もZoom会議でも同じことを気にして、考えていたりします。

 リアル脱出ゲームの参加者の皆さんは自分の主人公性にこだわりのある、FPS型の人が多いのではと感じました。自分の目がカメラであり、だからこそ主人公になれるわけです。TPSだとそう簡単には主人公になれません。TPSの型の主人公だと照れくさくなったりもしますしね。自分がどう映っているか、とか、そういうことが気になります。

三宅:PCゲームのファンは、アクションゲームが好きな人であっても、あるいはアドベンチャーゲームが好きな人であっても、「誰かの背中に仮託する」というTPS参加に馴染んできたと思っています。そういうユーザーをPCゲームが育ててきたと言ってもいい。例えばアドベンチャーゲームなら、クールで斜に構えた主人公がいて、その人物の受け答えを見ながら、選択肢だけ選ぶとか。

 でもリアルだと「自分を主人公にする」才能を持った人が多いなあと感じます。あるいはそれは、自分の役割を演じるところに開放感を感じているのではないかな、とも。日常におけるロールを24時間果たし続けなくてはならない毎日にあって、一瞬だけ他のロールをできる場のひとつが、リアルゲームなのではないでしょうか。

個人を役割から開放する移動という行為をゲームが補完する

イシイ:「日常でロールが強要される」というのは、ありますね。これがまた、移動がなくなったことによって、逃げ道もなくなってしまいました。場所と空間の固定とは一種の奴隷化でもあるわけですから、場所と空間が固定されることが苦しい人は、絶対に苦しいと思います。

三宅:移動するという行為は、自分が主役なんですよね。「自分は会社員であり、だからこういうことをして、こう移動する」というのは一種のロールプレイですよね。会議で移動しますというのなんかは、すごくロールプレイングっぽい。

 かつては、会社を一歩出れば「素の自分」になって、そこから例えば百貨店に入れば自分は「お客様」になれました。映画なんかもこれと同じで、空間を移動することで自分の役割を変えていけたし、柔軟性を保っていられたんです。

 でも場所と空間を固定されると、そういう一時的なロールがなくなってしまいます。その閉塞状況から抜け出し、あるいはガス抜きをするというのは、エンターテイメントの役割だと思うんです。

 ゲームで言えば『あつまれ どうぶつの森』や各種MMORPGなど「プレイヤーにロールを与える」ものはいろいろありますが、リアルゲームが持つ「身体をもってロールする」という開放感には特別なものがあります。だからこそ、需要も途切れない。

イシイ:そう考えると、もっとやるべきことは多いですね。

 まだまだ、今の作品では足りていないことも多い気がしてきます。

三宅:その上で、自分自身のロールと空間は、ある程度まで紐付いてると感じるんですよね。百貨店でもバーでも、なんなら会社や家庭でも、空間が許容するロールを獲得するわけです。

 これを逆に考えると、ちょっとずつ違う自分を演じてきたことがなくなるということは、ちょっとずつ空間を失っているということだと言い換えられます。そうなってきたからこそ、バーチャルに空間を増やしたくなっているのかな、と感じるんです。

イシイ:「空間としてのロールを失っている」という考え方は、納得感が高いですね。ドラマにしてもゲームにしても、頭の中で空間を移動できているところがありますし。

 ただ実際には、やはり空間でロールしている人のほうがずっと多くて、空間が制限されることによってそこで失われたものもたくさんある。だからこそ多くの人の空間的なロールをサポートする必要があるし、その点でも「SECRET CASINO」のような作品はもっとたくさん必要なのだろうと思います。

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる