ジャージークラブにフューチャーファンクも 音楽ジャンル再評価に及ぶTikTokの影響力
今や若者文化にとって欠かせないものになっているTikTok。2020年4月の時点の発表では全世界でおよそ8億人がダウンロードしている超人気アプリだが、近年は音楽業界への影響も大きく、アーティストの楽曲が動画で使用されることによって、ストリーミングサービスのバイラルヒットにつながることも少なくない。
今年上半期も見ても海外ではRoddy Ricch「The Box」、Doja Cat「Say So」、Megan Thee Stallion「Savage」のような楽曲が、ヒットチャートでも長期間チャート入りし続けるなどロングヒットを記録したが、それらの楽曲もヒットのきっかけはTikTokのダンス動画だ。
一方、日本でも今年、瑛人の「香水」が、リリースから約1年を経て、TikTokで歌ってみた動画やダンス動画がバイラルしたことによって人気曲になるといったことも起きている。このケースの場合はリリース当時は鳴かず飛ばずだった曲が、TikTokによって再評価されたと言えるが、そういったTikTokのバズがきっかけで起きる再評価の波は、今ではキャッチーなポップスに限らず、アンダーグラウンドな音楽シーンにも及んでいる。
今年上半期の場合でいえば、アメリカのニュージャージーを拠点とする無名アーティスト・Cookiee Kawaiiの「Vibe (If I Back It Up)」という曲がその最たる例だろう。同曲は、元々2019年4月にリリースにされた曲で、ジャンル的には彼女の地元シーンのマナーに沿った、ローカルなクラブミュージックのジャンル”ジャージークラブ”にあたる曲だ。
”ジャージークラブ”自体は、世界的に見ると2010年代のEDM、フューチャーベースブームの頃に一度、ダンスミュージック界隈でスポットライトがあたったジャンルではあるものの、あくまでそれは限定的なものであり、一般的な認知度はそれほど高いとは言えない。しかし、同曲は今年2月にTikTokでのダンス動画が人気になったことで、これまでに180万回動画に使用されたほか、Spotifyでは6000万回以上再生されるほどの人気曲になっており、一躍このシーンを代表するバイラルヒット曲となった。
また、リリース当時は制作されなかったMVだが、その人気から5月にはアニメーションMV、8月には本人出演のMVと人気ラッパーのTygaを客演に迎えたリミックス版のMVも公開されるなど、バイラルヒットによる作品の再評価はCookiee Kawaii自身のアーティスト活動にも恩恵を与えている。
日本では昨年、Night Tempoのブレイクで広く知られるようになったフューチャーファンクシーン。そのシーンに属するアーティスト・Vantegeの「50//50」という曲も、今年5月にTikTokのバズによって再評価された曲だと言える。「50//50」は、元々は2015年にリリースされたアルバム『Metro City』の収録曲だが、曲中の「パッパヤ~」というフレーズがTikTokユーザーの間で大ウケ。それがきっかけとなって現在までに11万回以上ダンス動画で使用されているほか、Spotifyでも1200万回以上再生されるバイラルヒットを記録している。
同曲は70年代後半から80年代にかけて活動したファンクバンド・HEATWAVEの「The Big Gunn」という曲をサンプリングしているが、「50//50」のヒットによって、この元ネタに対する注目も集まったため、再評価という意味では同曲も恩恵を受けていると言える。またサンプリングした曲という性質上、オリジナルの「50//50」は、著作権的にグレーなリリースでもあったが、バイラルヒットをきっかけにライセンス盤が今夏、米ワーナー・ミュージック・グループ傘下のレコードレーベル「Parlophone Records」からリリースされた。これによってTikTokのバイラルによる再評価は、Vantegeにメジャーデビューいう恩恵を与えている(ただ現在、日本のストリーミングサービスでは再生不可)。
アンダーグラウンドの音楽シーンという点ではカルチャーに関連するものにもTikTokのバイラルは”再評価”をもたらしている。世界中のアンダーグラウンドなテクノフリークから”テクノの教会”と崇められるベルリンのクラブ「Berghain」だが、今年5月、TikTokで”#Berghain”は、人気のハッシュタグになった。その理由は「Berghain Trainer」というサイトの体験動画が大きなバズになったからだ。
「Berghain Trainer」自体は2016年に公開されているが、同サイトでは実際のクラブ同様、”世界一厳しいドアポリシー”を仮想体験できることが特徴になっている。顔認証技術を用いたサイトでは、架空のバウンサーの質問に対して、求められる正しい答えを出していくことでBerghainに入場できる仕組みになっているが、現実以上に架空のバウンサーによる入場判断のハードルが高くなっている。そのため、サイト公開当時から”無理ゲー”としても知られていたが、TikTokでもその成功することが難しい入場シュミレーションを突破しようとする様子が人気に。そして、瞬く間にこれを真似した体験動画がいくつもアップされたことで、サイト自体もアクセス数の急増によって、クラッシュするほど人気になった(参考:https://www.tiktok.com/foryou?lang=ja#/@pjsorbet/video/6827909225998454022)。
このTikTok発の「Berghain Trainer」の”再評価”の背景には、今年3月にバイラルした別の動画で有名になった「Vibe Check」というフレーズがあり、サイトの体験動画を最初にアップした10代のユーザーがそもそも本家のBerghainのドアポリシーが入場者の精神性、つまり”Vibe”を試すことで知られていることにそれをかけて口にしていたことがウケて動画の人気につながった。またGoogle Trendsでは、今年3月のある時点から同じタイミングで先述の「Vibe (If I Back It Up)」と”Vibe Check”の検索回数が増えたことから、”Vibe”がTikTokの検索におけるビッグワードになり、相乗効果を与えていたことも考えられる。