特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」(Vol.9)

ゴッドスコーピオンが語る、『デススト』化した世界で変わりゆく「都市や空間に“XRの魔術”をかける」意味

 特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」の第9弾は、VR/MRの領域を中心に、アート、ビジネスの両面で次々と革新的なアイデアを形にしているメディアアーティスト・ゴッドスコーピオンが登場。

 かねてよりVR/MR領域を「現代魔術」と標榜してきた彼が、リアルでの接触が経たれ、いまなおソーシャルディスタンスを保つことが求められているこのコロナ禍において思うこととは。(編集部)

特集ページ:「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」

「AR/MR技術の“タイムマシン”的な機微が、今後の場所的なコアになっていく」

ーー前回のインタビュー(VRは現代の魔術だーーゴッドスコーピオンが見通す、人間の能力が拡張した近未来)から2年経ちました。まずこの2年の活動について教えてください。

ゴッドスコーピオン:考えていること自体に変化はなく、AR/VR/MR(複合現実)技術を使って、実際に作品を制作してきた2年間でした。例えば、前回インタビューを受けた2018年の年末には中国の烏鎮で開催された演劇祭『Wuzhen Theatre Festival(乌镇戏剧节)』で、演出家の篠田千明さんと『ZOO』という演劇作品を上演しました。チリの若手劇作家、マヌエラ・インファンテの『動物園』という戯曲を元にした作品で、観客はヘッドマウントディスプレイをつけた”ヒト”を観察する所から劇が始まるのですが、話が進むにつれて「観察する/観察される」という境界線が崩れていく。「見ていたはずが、見られていた」という視点の変換がキーになる作品で、誰が役者で誰が観客なのか、転換する瞬間があります。それが、僕が近年注目している「間主観性」という考え方に近いなと思って。間主観性というのはフッサールが提唱した言葉で、主観というものは自身のみの独立したものではなく、他者と相互的・共同的な感覚が集合して、複合的な私の主観というものが形成されるという概念です。最近では幼児教育の分野でも注目されていて、ARやVRという技術とマッチングがいいと考えています。

whuzen theater festival 2018 zoo

 他に大きいところだと、弊社と博報堂プロダクツさんと共同で「TIMEMACHINE」というMRの研究開発スペースが立ち上がりました。僕はメディアアーティストとして、VR/AR/MRのプラットフォーム「STYLY」を作っているPsychic VR Labという会社でコンセプトやプロトタイピング、プロダクト制作をしているのですが、AR/MRを社会実装していく上で最終的な現地の環境をオフィスに再現する必要が出てきました。TIMEMACHINEでは壁やキューブを組み換え実際にAR/MRを展示する空間を仮想的に作ることができます。渋谷PARCOさんで行われているXR SHOWCASEでは、ここで何度も現地のシミュレーションを行い、制作が行われました。

STYLY MR Demo Movie
PARCO XR SHOWCASE(https://shibuya.parco.jp/page/xr/)

ーーいわばMRの実験場ですね。「TIMEMACHINE」と名付けた理由は?

ゴッドスコーピオン:AR/MR技術を使えば、過去に起きたことを今に呼び出したり、時空間を瞬時に呼び出すような体験ができるので、そういう“タイムマシン”的な機微が、今後の場所的なコアになっていくのではないかと考え命名しました。また、去年の7月には、マイクロソフトのMRデバイス「HoloLens」を使って、現実の都市の中にメタヴァースを展開した『MR City』というものを制作しました。Keiichi Matsudaによる有名な映像作品『HYPER-REALITY』のようなイメージですが、実際にプロトタイピングしていく中で大量の情報を目の前に出すと情報に視覚が持って行かれ過ぎてしまうので、現状だとあまり実用的ではないということがわかりました。

HYPER-REALITY

 そこで、車のための道路交通標識があるように、MR CITYでは「人間のための交通標識」という考え方で街を歩いていて建物に近づくとその場所、物の情報が展開されるといったユーザーインターフェイスを設計しました。実際にKeiichiやHololensの開発チームにも見てもらったのですが実際にMRを使った中でも最大級のエリアサイズでの実用的な実装だとお墨付きを頂き嬉しかったです。

MR CITY動画

ーーVRやMRを使ってどのように実用的なデザインに落とし込んでいくか、という段階に入っているということですね。トーキョーアーツアンドスペース本郷で開催された『藪を暴く』展で、精神科医による医療プロセスをMRで具現化した『KILL MY SON』(現代美術家・遠藤薫×精神科医・遠迫憲英×ゴッドスコーピオン)も話題になりました。

ゴッドスコーピオン:純粋芸術より、実社会に根ざす芸術を志向する「ロシア構成主義」(ロシア・アバンギャルド)と言われるムーブメントがありましたが、MRにおいても、夢想的な世界表現とセットでプロダクトアウトしたものも重要になると考えていて。『KILL MY SON』においては、遠藤薫さん自身が「息子が何かのきっかけで死んでしまうのではないか?」という不安障害を抱えられていたなかで、治療をするための作品を一緒に作りましょう、ということでスタートしました。精神科医の遠迫憲英先生とエビデンスを共有した上で遠迫先生と共同制作しました。MRを通して実際に不安障害の治療法として行なわれている暴露療法、タッピング、EMDRを組み込んだ体験型の治療を目指す作品となりました。これはヘッドセットを被らず、スマートフォンでも見ることができるようになっています。

KILL MY SON動画(https://www.youtube.com/watch?v=jVaX3TpPY-s&feature=youtu.be)

ーー「遠隔医療」を目指した取り組みというか、コロナ以降というテーマにもつながるものだと思います。

ゴッドスコーピオン:そうですね。遠迫先生もおっしゃっていたのですが、病気の治療を行うとき、そもそも時間とお金をかけて病院に行かなければいけないということが、人によっては高いハードルになるので、MRの技術を使って新しい提案ができないかと。また、アメリカにおけるPTSDのVR治療も参照しましたが、そちらはある種一辺倒というか、個別の患者さんの症状に合わせたものではないと感じたので、オーダーメイドなあり方も重要なのではないかと思って作りました。

ーーエンターテイメントにおいては、主に音楽の分野でライブ配信やVRライブが実施される機会が増え、テクノロジーを介した体験が増えてきている印象です。

ゴッドスコーピオン:例えば、DJプレイがリアルタイムに配信される「BOILER ROOM」は、観客をバックにライブを届けるスタイルから、すぐにDJの個人配信型に切り替わりましたね。Diploは毎週末に「Corona Sabbath」と称してライブ配信をしていた中で、映像の演出としてSnap Camera的な加工を施したり、配信の見せ方も非常に面白かったです。例えばBoiler RoomでのDixonは、Kinect、Unityを用いリアルタイムにAR/VR空間を行き来する映像と共にDJを行っていたりしていました。

Dixon | Boiler Room: Streaming From Isolation

 単に「ライブのXR化が進んだ」ということではなく、表現の手法自体も更新されていて、これはCovid-19状況化の物理的な分断が新しい表現を加速させている面が確かにあると思います。実際に自分も今年の8月に、現代盆踊り作家の山中カメラさんと彼が当初東京ビエンナーレのプロジェクトで現実で行う予定だった新曲発表と盆踊りを、弊社が提供しているプラットフォーム「STYLY」の複数人が同時に同じ空間へ参加できるセッション機能を用いてVR、Youtube上で配信を行う施作をしました。VR空間の中で実際に体験者が櫓を中心に振り付けを真似る、踊るということが成立しとても面白かったです。また、盆踊りは「生御霊の祭り」「死御霊の祭り」の2つの祭礼が原型としてあるのですが、VRだからこそ昔の人が感じていたであろう生/死御霊がふり降りる、寄せ来る、共に踊るという感性を視覚的にも体感的にも表現することができ、とても面白かったです。

現代音頭作曲家・山中カメラが新曲を発表! 「〈コロナのない世界〉=〈あの世〉で踊るボンダンス大会 ──BonDance/WITHOUT-CORONA-ONDO」 (https://www.youtube.com/watch?v=oBsMQ8Thm2g&feature=youtu.be)

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