特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」(Vol.8)

バーチャルライブをもっと身軽で面白いものにーーkZm『VIRTUAL DISTORTION』実現した2人のキーマンに聞く

 特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」の第8弾は、PARTYのテクニカルディレクター・梶原洋平と、アートディレクター・寺島圭佑が登場。

 先日開催され話題を呼んだ、ラッパー・kZmの「VIRTUAL DISTORTION」と、同公演を実現したバーチャルパークシステム『VARP』を生み出した彼ら。プロミュージシャン・音楽作家を経験してきた梶原と、モーショングラフィックアーティストとしても活躍し、先日「AR定規」でも注目を集めた寺島の2人は、いかにしてオーダーメイドのバーチャルライブを実現できる同サービスを生み出したのか。カルチャーを愛するクリエイター集団がコロナ禍で感じた危機感と、それを反映したVARPへ込めた思想、音楽業界におけるメタバース・デジタルツインを活用したエンタメの未来などについて、存分に語ってもらった。(編集部)

特集ページ:「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」

同じ時間・空間でコンテンツを同時に体験し、感動を共有するのも“ライブ体験”

ーーPARTYでは、ビジュアル、コミュニケーション、プロダクト、サービス、イベント、コンテンツなどの分野でデジタル技術を活用したデザイン事業を行なっていますが、コロナ禍においてはどのような影響を受けましたか?

梶原洋平

梶原洋平(以下、梶原):会社として大きな影響を受けたわけではありませんが、インスタレーションやイベントなどコロナ以前に仕込んでいた案件はなくなることがありました。

寺島圭佑(以下、寺島):働き方としてはほぼフルリモートになったので、リモート会議の比率が以前よりも圧倒的に上がりました。また、コロナ禍の影響によるプロジェクト見直しによって、スケジュールが伸びた案件もありましたが、個人的には自分で制作したソーシャルディスタンスを測るAR定規が話題になったこともあり、テクノロジーを使った”コロナ対策”のことも考えるようになりました。

寺島圭佑

ーーAR定規の件は、まさにコロナ禍以降のアクションですが、他にも会社としてどのような取り組みを行いましたか?

梶原:PARTYはトップダウンの会社ではないので、会社としてというと特に何か特別な取り組みをしたということはありませんし、思いついたことが面白そうであればやってみるという企業文化があるので、そこが促進された面はあると思います。

寺島:社内Slackに色々なアイデアが上がったり、それをやってみるかどうかを話し合ったりと、より個々の動きが活性化して、以前よりも個人の裁量が大きくなったと思います。AR定規はその最たる例で、いち個人として作ってみたら話題になったので、後から会社の名前を出しました(笑)。

ーー実際にAR定規が話題になった時の手応えは? 

寺島:手応えがありすぎてびっくりした、というのが正直な感想です。本当に思いつきで始めたことで、時間を大きく取られたわけではなかったのですが、公開してその日の夜にテレビ局から連絡がきたり、取材が殺到しました。こんな風に1人の思いつきでも社会に何らかのエフェクトをかけられるという実感も、VARPを始めるきっかけになりました。

ーーVARPの話が出ましたが、このプロジェクトはどのようにしてスタートしたのでしょうか?

寺島:昨年、梶原が手がけた「FUJI ROCK `19 EXPerience by SoftBank 5G」という案件があったのですが、今のような状況にあのシステムはすごく適している、という話をチームで話していたことがそもそもの発端です。

梶原:コロナ禍以降、僕自身が元々音楽業界にいたこともあって、自分の周辺のアーティスト、現場の人間など音楽業界人がすごく影響を受けていることが伝わってきました。現場の状況は深刻ではありましたが、VARPのように家で楽しめるようなものを投下しやすい状況だとも思っていました。コロナの影響で働き方が変わったという人も多いですが、PARTY自体は、インスタレーションなどの現場仕事だけでなく、デジタル側の刀も持ち合わせているので、現場の仕事がなくなったのであれば、こちらの刀を抜くという選択ができますから、VARPのアウトプットに関しては、比較的身軽に出せたという感覚です。

ーー家で楽しめるようなものを投下しやすい状況と考えられていた、とのことですが、VARPの開発に関する思想や設計についても聞かせてください。

梶原:まず開発思想としては、配信以外のライブを見てみたいというテーマがありました。『Fortnite(フォートナイト)』で行われたTravis Scottの「Astronomical」のように、ひとつのオープンワールドにみんなが集まって遊ぶといった共体験ができるものをと思っていました。コロナ禍のような状況では、ライブ自体の定義を変えたほうがいいんだなと。ライブの現場に行って、生の体験をみんなで共有しながら楽しむのはリアルライブの醍醐味ですが、同じ時間、空間にいて同じコンテンツを同時に体験して、その感動を共有することもライブ体験だと思うんです。こういったことはオンラインゲームの世界では以前から起きていたことですが、音楽の世界において、同じ時間軸で同じものをインタラクティヴに楽しんで共有することは、新しいライブの形だと思います。

 ただ、「Astronomical」には億単位の制作費がかかっているし、あのフォーマットに可能性を感じてあんなことをやりたいとなっても、次にできるのはTravis Scottと同程度かそれ以上のビッグネームに限られますよね。だから僕たちは、ああいった取り組みをもっと規模感の小さいアーティストでもできるように考えましたし、そのためにシステム自体は身軽に作って、プラットフォーム化しないということを念頭に開発を進めました。

ーーなぜ、プラットフォーム化しないと決めたのでしょうか。

梶原:バーチャル空間に集って遊べるものーー例えばclusterだと、様々なジャンルのコンテンツが入り乱れたり汎用性と引き換えに様々な制約も存在しているので、アーティストの世界観をバーチャルライブに反映するためのコンテンツと並べて見た時に、文脈や文化論が重要な音楽やアートにおいては違和感が出てしまうと思うんです。VARPではそういったことを避けるためにプラットフォーム化せずに仕組みだけ作っておいて、後はアーティストと一緒に話し合いながら作ることにしました。今回の「VIRTUAL DISTORTION」は、kZmさん用のアプリなのですが、ベースの仕組みは作っているものの、結果的にはアーティストのオーダーメイドになる、というのがVARPの基本設計における思想になっています。

ーーオーダーメイドのバーチャルライブということですが、「VIRTUAL DISTORTION」はkZmさんとどのようにして作り上げられたのでしょうか? 

寺島:打ち合わせはビデオ会議で何度も重ねました。僕らは経験値もあって全体像の想像はつくのですが、kZmさん自身は、おそらく最初は想像がついていなかった部分もあったと思います。

梶原:でも「セットリストにここはこういう風にしたい」と要望をいただけたり、自分のイメージを事細かに共有してもらったりと、すごく丁寧に進めることができました。そこで出た大枠を寺島が緻密に設計して、エンジニアが実装し、みんなでフィードバックしながら作り上げていきました。

寺島:ガチガチに設計図を作るのではなく、チームで話し合いながらライブ感のある形で完成度を高めていくという感じでしたね。

ーーライブ感を持って進めていったとのことですが、では全体の縦軸のようなものがはっきりと見えた瞬間は?

梶原:エンジニア側でよしなに作って、画的に困る部分については寺島と議論しながら開発を進めていきましたが、ようやく通しで見られるようになったのは、ライブの1週間前くらいです。

関連記事