『MAKING OF BEASTARS』から考える、CGアニメにおける“表現”のあり方
昨今、日本でも増え続けているフル3DCGアニメ。昨年末に放送された板垣巴留原作のアニメ『BEASTERS』も3DCGによって製作され、動物を擬人化した世界で差別や偏見をテーマに描く挑戦的な内容で話題となった。
本作は、テーマだけでなく技術面においても数多くのチャレンジをしている。手掛けたのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』のCGパートも担当したオレンジ。元請けとして初めて製作した『宝石の国』でも高い評価を受け、手描きとは異なるCGならではの魅力を追求し続けている会社だ。そのオレンジの創作の秘密をまとめたメイキング本『オレンジ流 3DCGアニメーション制作テクニック ─MAKING OF BEASTARS』が、3月に発売された。今回はそのメイキング本をたよりに本作の魅力に迫り、CGアニメの表現とは何なのかを考えてみたい。
フェイシャルキャプチャを用いた豊かな表情芝居
本作の動物が擬人化されたキャラクターたちは一様に表情が豊かで、細かな喜怒哀楽表現が印象的だ。この豊かな表情はフェイシャルキャプチャによって作られている。人体の動きを取り込むモーションキャプチャに対して、フェイシャルキャプチャは人体の表情の動きを記録するものだ。技術的には同じものが『名探偵ピカチュウ』のピカチュウにも使用されている。話題になったピカチュウの「しわくちゃなおじさん顔」は、実際に俳優ライアン・レイノルズの表情を取り込んでいるのだ。『BEASTERS』のCGチームディレクター・井野元英二氏は、フェイシャルキャプチャの採用について、従来の作画アニメの不満点を1つ挙げている。
「作画のアニメを観て、確かに魅力的な顔というのはあるのですが、途中がやはり動かないなというのが私の中でずっと不満でして。もっと細やかな表情や揺らぎを入れた方が魅力的だろうという感覚がずっとあって」(P13)
しかし、人間の表情のデータをそのまま動物の顔に当てはめられるわけではない。動物の感情表現に当てはめるために作画の表情集を作り、試行錯誤を重ね、アニメ的なデフォルメ表現を作っていった。
フェイシャルキャプチャに「アニメ的表現」を加味するかが今作では重要だったそうで、リアルな口の動きとは異なるアニメ的な口パクや動きの「タメ・ツメ(動きに緩急を入れてメリハリをつけること)」を取り入れるためには手作業での調整が必要、そのために内製のツールを新たに開発したそうだ。(P75)
本作はTVアニメ作品としては1カットが長い、いわゆる「長回し」が多いが、それもフェイシャルキャプチャによって繊細な表情芝居が可能になったため、長尺のカットが活きるようになったことが大きいようだ。例えば、12話の上下二分割でレゴシがハルを追いかけるシーンでは、41秒を1カットで描いているが、2人のクローズアップの顔の芝居を繊細に表現することによって、長尺のカットを魅力的なものにしている。
長回しは手描きアニメでも不可能ではないが、細かい表情芝居を描きこむのは莫大な労力を必要とする。オレンジは過去作『宝石の国』でも長尺カットを用いており、CGアニメの一つの武器と捉えているようだ。
3Dがもたらす多彩なカメラワーク
3DCGのメリットの1つに、カメラポジション、カメラワークの自由度が挙げられる。手描きアニメで正確なレイアウトとパースを描けるかはアニメーターの技量にかかる部分が大きいが、3Dではカメラによる正確なパースが実現可能だ。実写映像なら物理的な問題で不可能なポジションでも、3Dならより自由に色々な場所にカメラを配置できるようになる。松見真一監督は「2Dには描きやすいアングルと描きにくいアングルがある(P15)」と語り、CGならこれまでと違うアングルから見せることも可能になると語る。
カメラワークの自由度は格闘シーンなどの激しい動きのあるシーンに威力を発揮する。11話のレゴシの格闘シーンでは、レゴシの動きに合わせてカメラが連続してダイナミックに動き、迫力あるシーンに仕上がっている。その他、4話の演劇のシーンでは360°回り込むカメラワークも披露している。
本作で演出を担当した湯川敦之氏は、3Dの利点として立体が崩れないという点を挙げている。
「3Dと2Dの違うところは、(3Dの方は)立体が崩れないというところなんです。作画の方は、どこまでいっても人力で描いている分、立体が破綻したりして絵であることを認識し続けられ、記号感が強調されます。それが客観性につながる。それに比べると、立体が破綻しない3Dの方がより実在感が出るというのはありましたね」(P152)
一方で立体が破綻しないということは、手描きアニメで効果的に使用できていた嘘がつきにくくなるということでもある。同じ演出の下司泰弘氏は、「CGは正確なだけに、下手に何ミリなんて指定してしまうと『それだと置けない(画面にはいらない)』なんて言われてしまうこともありました。2Dの場合はそんな場合も適当にごまかすことができるんですけどね(P163)」と語っており、必要な時は手作業で歪みを作ったり、大きさを変えたりして対処していたそうだ。