mabanuaが古賀健一&村田研治と考える“スタジオの音作りに欠かせない要素”「身体で感じるローの部分が重要」

mabanuaと考える“郊外スタジオ”の利点

 音楽家の経歴やターニングポイントなどを使用機材や制作した楽曲とともに振り返る連載「音楽機材とテクノロジー」。第四回では、Ovallのドラマーであり、個人としてもアーティスト・音楽作家・エンジニアとしてマルチに活動するmabanuaと、彼が建てたスタジオKiryu Studioの設計・調整にも携わっているエンジニアの古賀健一氏、オーディオ会社・SALogicの村田研治氏による鼎談を行った。

 3人には、同スタジオに施した工夫や、都内のスタジオが抱える課題、コンポーザーとエンジニアにおける“スタジオに必要な音”の違い、同スタジオでMixを手掛けたOvallの最新作などについて、細かな音作り・環境作りの話を交えながら、存分に語ってもらった。(編集部)

作曲は“楽しい音”、Mixは“ちょっとつまらない音”が重要  

mabanua

――そもそも、群馬にスタジオを建てようという発想はどこから?

mabanua:都内で施工業者さんに色々連絡していたんですが、内訳がわからないまま凄い金額を出されることが多くて、「はたしてこれは適正なんだろうか……」と思ったことがきっかけです。あと、都内のスタジオって、コンセプトがワンパターンになっている気がして、アーティストの自宅スタジオとするには別のテイストがいいなと考えていたところ、アジカンの後藤(正文)さん経由で古賀(健一)さんに出会って、村田(研治)さんを紹介してもらったのがきっかけですね(参考:ASIAN KUNG-FU GENERATION 後藤正文に聞く ロックバンドは“低域”とどう向き合うべきか?)。

――スタジオの設計から完成までが1年半くらいとのことですが、スムーズに進んだのでしょうか。

村田:実績のある建材を使ったのでとくにトラブルはないですが、施工の方法が職人さんの常識から外れていて勘違い施工が怖い建材です。仕上がりにミスがないか途中で測定もしたりしてたので、普通の建築と比べたらかなり時間はかかりましたね。

――これだけの広さ高さで、音周りをしっかり調整しようとなると、普通の規模のスタジオより時間を要するわけですよね?

mabanua:ある意味、調整自体は終わりがないですから。とりあえずのスタートを切ることはできた、という感じです。

――ご自宅も兼ねているとのことで、部屋を改装するのではなく、新築するからこそ工夫できた部分もあるのかなと思いました。

mabanua:新築でイチから作れる、というのはかなりメリットでした。たとえば、基礎自体を腰ぐらいの高さまで上げると、低音がすごく締まるんですよ。これはリフォームではなかなかできないことなので。

古賀:基礎のコンクリートや柱の太さ・間隔など、見えないところにこだわれるのはとてつもないメリットでした。コンクリートを基礎から90cmの高さまで入れたスタジオなんて、都内で作ろうと思っても簡単にできることではありませんから。

左から、村田研治氏・古賀健一氏・当日同席していた福田聡氏・mabanua氏。

――暖かさを感じる木造りの見た目も含め、縦に広い空間やブース分けをしていない設計は、いわゆる日本のスタジオっぽくないなという印象です。

mabanua:『サウンド&レコーディング・マガジン』のプライベートスタジオ特集を読んでいて、毎回いいなと思うのは海外の人のスタジオなんですよ。特にお気に入りだったのは、テイラー・デュプリー(音楽レーベル「12K / Line」主宰/インタビューは同誌2018年1月号掲載)のスタジオ。正面に窓があるってすごく良いなと思って。でも、あのページを業者さんに持っていったら「いいですねー」と言いながら、まったく違うスタジオの構造の話をし始めて、コピーも持ち帰ってくれない、みたいな(笑)。

――音周りを設計するうえで、参考にしたスタジオはありますか?

mabanua:そこは村田さんと古賀さんに一任しました。この並行面をなくす壁材はSALogicの「SALogic Matrix」なんですけど、スタジオで使ったのは初めてなんですよね?

村田:そう、日本初。この壁材はオーディオルーム用に開発したものなので。

古賀:そういう意味で、オーディオルームのノウハウとスタジオ建築のノウハウが融合された、初めての試みの日本初のスタジオともいえます。

――スタジオとオーディオルームの材質の違いって、どういうものなんですか?

村田:使う材料は同じでいいんですが、スタジオは吸音の構造がとてもシビアです。一番違うのは低域の伝送特性――スピーカーの周波特性がそのままエンジニアのところに伝わってくるという条件は、スタジオの方が厳しいんですよ。あと、オーディオルームと比べると、スタジオは若干デッド気味の方がいいですね。

古賀:作曲するだけの方だったら、楽しく聴こえるスタジオのほうがいいんですけど、mabanuaさんはエンジニアでもあるので“ちょっとつまらなく聴こえる”ようにもしなきゃいけないことに気をつけました。

村田:オーディオルーム用の壁材だから、出来上がりは音楽が楽しく鳴ってしまうんです。

mabanua:いまは「だんだん音をつまらなくしていく」というよくわからない……罪悪感でいっぱいになる作業をしているという(笑)。

村田:部屋で作る音があんまり楽しいと、アガリがね。楽しくなくてもOK出しちゃう可能性があるから。

――実際に音を出してみて、これまでと明確に変わったなというポイントは?

mabanua:安易かもしれないですけど、開放感が圧倒的に違いました。ハイレゾって結局、音としての器が大きいので、昔のレンジの狭い音源でも余裕を持って聴けるじゃないですか。そのスタジオ版みたいな感じですね。スピーカーは前のスタジオに比べて大きくした(FOCAL Trio6 BE)んですけど、前と同じスピーカーを持ってきたとしても、さらに余裕を持って聴けるような作りになっています。

――横幅が広いことによるメリットは理解できるのですが、ここまで高さを取ると、どういうメリットがあるのでしょう?

古賀:広いのは正義です。それは横でも縦でもいいんですが、どっちかに広い方が絶対的に低音には有利なので。あと、左右も長方形に見えて実はそうじゃないんですよ。

mabanua:全面コンクリートの部屋だと音が逃げていかないので、色んな吸音材を貼りまくったり、過剰な処理をしないと制御できないんです。でも、この家は屋根裏が結構広いので、防音工事をしなくても、そこに音が逃げていくんです。

古賀:東京のスタジオは近隣住民に配慮して、どんどん音を閉じ込める傾向にあるんですけど、音のことを考えるとそれって良くなくて、逃がしてあげる方がいいんですよ。音を外に出してあげるほうが、特にエネルギーのある低音が逃げるので、そのあとの処理がしやすかったりします。

mabanua:防音性を高めて「やったー!」って言ってるけど、実は中音はどんどん悪くなってる、みたいな。

古賀:防音と良い音は反比例するというのは、一般的には浸透していない考え方ですね。

約5mと、ハウススタジオとしては異例の縦の高さを誇るKiryu Studio。

――横が広いのと縦が広いことの違いを教えてください。

村田:音に大きな問題が出る場所は左右の真ん中、前後の真ん中、上下の真ん中が重なるところで、二つ重なると伝送特性の低域に大きな深いディップができる確率が高くなります。エンジニアポジションの左右の真ん中は避けられないとしても、前後の真ん中は避けられますよね。残った上下の真ん中は天井の高さ次第で、天井が低いと人間の頭が一番条件の悪いゾーンに入っちゃうんです。でも、天井が高いと真ん中のゾーンから自分の耳が外れるから、良い音をキャッチしやすいですね。

古賀:横の前後に関しては、自分が動けばいいですからね(笑)。ただ、天井の反射はどれだけ動いても頭の位置は変わらないので、そういう意味では縦長の方が楽かもしれません。

村田:2.4mくらいの高さが一番まずいですよね。人間が座った時の頭の位置がちょうど120cmくらいになりますから。

mabanua:前の家が、2×4工法のコンクリートで覆われた一軒家だったんですけど、ああいう部屋って変な中低域が膨らんでる感じがあってダメでしたね。

村田:音楽を聴くのに最適な残響時間の周波数特性は、125Hzくらいから下の帯域の残響音の響きが長くなる音なんですけど、コンクリの部屋だと、500Hzくらいから長くなり始めて残響音が部屋に溢れてしまう。

――“音が回る”という表現に近い感じになりますよね。

村田:広ければ問題ないんですけどね。ヨーロッパの教会の大礼拝堂に入れば体験できますが、巨大な空間は今言ったような“持ち上がってくる音”が超低域にくるから、胸から足元まで超低音の池の中にいるような感じで気持ちいいんです。でも、狭い部屋で500Hzから持ち上がっちゃうと、色んな楽器が音を出してる帯域が全部持ち上がっちゃうからダメなんですよ。

古賀:楽器の基音が集まりやすいところですね。コンクリート建築でも、ここの4倍くらいだったら全然気にならないですが、その中に小部屋を作るともうダメになる。極論、ある程度広いところに吸音材を置いていった方が調整は楽だったりします。

村田:測定すると残響音に含まれてしまって、経験が浅いと残響音と勘違いしてしまうのですが、部屋の音を悪くする最大の原因は壁の揺れが出す振動音なんですよね。揺れちゃうような板はダメだから、良かれと思って板より重い石膏ボードを使うんですが、実はあれが一番最悪なんです。

古賀:どうしても安さや加工性、耐火性の問題でよく使うんですけどね。使うなら使うで工夫すればなんとかなるんですが、それは企業秘密で(笑)。後藤さんのスタジオって、石膏ボードを使ってないうえに横幅が広いのですごくいい物件なんです。

mabanua:天井はそうでもない?

古賀:いま、そこにぶち当たってます。

村田:天井が低い場合は吸音するしかないけれど、全ての音を吸音しきってしまうのはまずいですね。企業秘密なのでどこを残すかは言えませんが、反射と反射の中にいるからいけないのであって、不要な帯域を天井で吸音しちゃえばいいんですよ。

――mabanuaさんのスタジオは、デスクとドラムブースを分けずにオールインワン的な形になっていますが、その理由は?

mabanua:ずっと昔から考えてはいたんですけど、僕は自分の曲も作るし、エンジニアもやるし、ドラマーでもあるので、すぐ手に届くような位置に楽器があるといいなと。

ドラムセットはデスクのすぐ後ろに設置されている。

――ブースを分けよう、という考えにはならなかったんですか。

mabanua:ドラムブースを別にしちゃうと、プライベート感がなくなるなと思ったんです。外スタジオにきたような感覚になるというか。単純に作業してて「疲れたなー。ドラム叩きたいなー」と思ってすぐ移動できるような距離感の方がいいというか。

――デスクとドラムセットが一緒になっているスタジオって、あまり日本では見たことがないです。

古賀:ドラムを鳴らすから、低音に関してより考えた部分はあります。コンクリートを腰の位置まで持ってきたのも、mabanuaさんがドラムを叩いて気持ちいいように感じられる、というのを意識しました。

村田:だから、この無垢材の壁も厚さが4cmあるんですよ。スリットを切ってあるから、厚そうに見えないけど。

ドアの隙間から撮影。壁材の厚さがよくわかる。

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