エイベックスのキーマン2人に聞く、ネットクリエイター&海外のイノベーション領域に取り組む理由

エイベックスのキーマンに聞く「新領域への挑戦」

「技術ではなくエンタメやコンテンツ側の目線から見る」(加藤)

――コンテンツやスターを送り出す、つまり人をベースにしてエンタメを考えてきた方々だからこそのお話かもしれません。長田さんが海外のスタートアップと提携する際も、そうしたことを意識されているのでしょうか?

長田:そうですね。たとえば、この間、各リスナーにパーソナライズされたヒーリングミュージックを提供するスタートアップの「Endel」が日本に上陸しましたが、現代人は疲れていますから、ストレスを音で癒せるというのは大きな魅力です。ただ、彼らの場合、そうしたサイエンスの要素だけではなく、同時にアートとしての魅力も持っている集団なんです。6人のファウンダーの中には、ビジュアルアーティストやネオクラシカルの作曲家がいて、彼らはみんなDJをやっていたりします。そのため、彼らのブランド自体に様々な方が興味を持ってくれて、エスタブリッシュトな企業からパートナーシップの要望も舞い込んでいます。テクノロジーだけではない形で、グループに還元できることも起こりはじめているのではないかと思います。僕らの判断基準は、その技術を使って「一緒に何ができるか」「どんなワクワクを生み出せるか」ということなんです。

加藤:もちろん、テックファーストの方たちの存在も、非常に重要です。それを否定するのでは決してなくて、僕らには僕らの得意なやり方があるということですね。

――今後さらに個人配信者の方々が活躍する時代になると、エンタテインメントの形は、どんな風に変化していくと考えられていますか?

加藤:今までは偶像化された人たちだけがスターの役割を担っていましたが、現在はより身近なスター像も生まれてきていますよね。未熟であるところから、その人々がどんな風に活動を続けて歩んでいくのかにユーザーが感情移入して、その中でスターが生まれていく。それは現在の多様化と、ユーザー/クリエイターの価値観の変化があるからこそで、そうした様々なスターが、今後も登場していくのは間違いないですよね。

 実際にマスメディアに出ているような歌手からYouTuberなどの個人クリエイターまで様々なタイプのエンタテインメントを境目なく楽しむことに、みなさん違和感がなくなってきています。少し前だと、まだ「アニソンはニッチなもの」という空気がありましたが、それも全く変わりました。そういった形で、「どこに属しているか」「どういうジャンルか」ということに関係なく、様々なエンタテインメントを楽しめる時代に、ますますなっていくはずです。

――その傾向は、自分自身のユーザー体験としても非常に感じるところです。

加藤:だからこそ、僕らが大切にしたいのは、技術ではなくエンタメやコンテンツ側の目線から見るということなんです。たとえば、女子高生の間でARアプリが流行ったときに、彼女たちはそれをARだから使っているわけではなかったと思うんですね。彼女たちは、そのコンテンツ自体が面白いから、それを使っている。とてもシンプルな話だと思うんです。ですから、VRに関しても、VRだからこそ楽しくなることにはVRを使えばいいという話で、バーチャルとリアルを比べて思いきりバーチャルに振れたりするのではなく、どちらもバイアスをかけずに見て、ユーザーが楽しめるものを世に出したいと思っています。

――長田さんは、どんな可能性を感じられていますか?

長田:これまでディストリビューションの領域で起こってきた変化が、現代はいよいよクリエイターレベルで起こる時代になってきています。たとえば、今の時代は楽器を習ったことがなく、理論すら分からないような人でも音楽が作れてしまうツールが生まれていますよね。そうして音楽を作れる人の母数自体が大きく増えると、その中からとんでもなくいい曲が生まれる可能性もより高くなるかもしれません。個人的にはそういったことも楽しみです。

「『究極のクリエイティヴ・アクセラレーター』を目指す」(長田)

――音楽という意味では、長田さんが担当されているTechstar Musicへの参画などの中でも、新たな可能性を感じられた部分があるのではないでしょうか?

長田:Techstarからは、色々なことを学びました。彼らには「Give first」という信念があって、その考え方にも大きく影響を受けましたし、また、Richie Hawtinが立ち上げた音楽テック特化のVCであるPlus 8 Equity Partnersは、「自分たちのミッションは、音楽産業全体を前に押し出していくことだ」と言っているんです。ですから、僕らが進めている「Future of Music」のプロジェクトも、アイデアを持った優秀な人たちを初期サポートし、最終的には音楽業界全体に貢献していきたい、という気持ちで行なっています。音楽業界の人々だけではなく、投資家や起業家、メディアなど様々なパートナーを集めて、日本なりのエコシステムをつくることで、世界的にも価値のあるものが生まれるんじゃないか、ということを想定してカンファレンスを開催したりしています。日本はいまだに世界2位の音楽市場ですが、ストリーミング・サービスが普及してきたことで、これからまた価値が上がる可能性もあるかもしれません。その際、世界から見たときに、日本の市場における強みを持っていて、同時に正式な投資先との事業開発チームがいるという面で、エイベックスに非常に価値を感じてくださっている方も多いんです。そういったところを繋げていきながら、僕たちにできない領域は外部の方々と連携して、様々な可能性を探っていきたいです。

――エンタメ業界全体のことを考えていくことも大切にしていくのですね。

加藤:CDが全盛だった時代は、日本の市場の中でどれだけシェアを取り合うか、という時代でもありました。ですが、テクノロジーが発展して、日本でアップロードしたコンテンツが一瞬で海外にも伝わる時代になったことで、僕らがライバルとして考えるのも、国内の類似している会社ではない場面も出てきていると思うんです。もっと他のところにある、と感じるんですね。こうしたマーケットの見かた自体にも明確な変化があると思います。

長田:国もそうですし、業界もそうですし、色々な切り方ができるトランスメディア的な状況になってきていますよね。そういえば、今ふと思ったのですが、ジャック・アタリの『21世紀の歴史』は読まれましたか? あの本には、人類の中心都市は交易と文化芸術の中心が重なった、起業家・イノベーター等のクリエイター階級が集まるところで、今世界の中心都市 はカリフォルニアだ、ということなどが書かれていたと思いますが、今後、その中心都市がバーチャルな場所になる可能性もありますよね。VRという言葉ではなく、あくまで「バーチャルな場所」ということですが。

――現実とは異なる仮想空間ではなく、「様々なリアルを繋ぐ場所としてのバーチャル」ですね。地球儀にはない場所に文化の首都が生まれる可能性がある、と。

長田:そうです。様々な土地の間に横たわっている物理法則を無視した場所、という意味でのバーチャルですね。そうなってくると、エンターテイメントの可能性もより広がっていきそうな気がします。話が大きくなりすぎてしまいましたが(笑)。

――いえいえ、非常に面白いですし、現在のポップ・カルチャーのグローバル化にも繋がっているお話でもあると思います。最後になりましたが、お2人はこれからどんな形でエンタテインメントにかかわっていきたいと考えていますか?

長田:僕はやはり、色々なものを繋げていけたら嬉しく思っています。「いいもの」同士をくっつけて、その人たちが実力を発揮できるような環境をつくっていきたい。言ってみれば「究極のクリエイティヴ・アクセラレーター」ですね。

加藤:長田さんもそうですが、僕も新卒から14年もエイベックスにいて、その間コンテンツホルダーとしてこの業界の中で仕事をしてきました。つまり、お話したように、僕らの強みはアーティストやコンテンツからエンタテインメントを見続けていることですから、その部分を大切にして、彼らがどうハッピーになれるかを考えていきたいと思います。それを実現するために新しい可能性に対峙していくという、この順番は間違えたくないと思っているんです。そのうえで、様々な方々と連合軍を組んで、未来のエンタテインメント業界を作っていきたいですね。その結果、「エンタテインメント業界っていいよね」「かっこいいよね」ということに貢献できたら、非常に嬉しく思っています。

(取材・文=杉山仁/撮影=林直幸)

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