音楽×テック系スタートアップに日本の大手音楽企業ができることは? 有力者たちの発言から考える

音楽×テック系スタートアップ、どう支援する?

 12月10日、レコチョクが『レコチョク カンファレンス 2018』を開催した。同イベントには、Techstars Music代表のボブ・モクジドロウスキー氏、Techstars Musicにメンバーとして参加する株式会社レコチョク代表取締役社長・加藤裕一氏をはじめ、エイベックス株式会社のグループ執行役員・加藤信介氏、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 経営企画グループ・シニアマネージャーの古澤純氏、株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ 代表取締役社長・稲川尚之氏という面々が登壇。音楽×テクノロジーのスタートアップが向き合っている現状や、日本の音楽系大手企業は、テクノロジーのスタートアップに対して何をしようとしているか、といった具体的な内容についても語られたほか、各社が意識する「音楽×テック」のネクストフェーズにまつわるビジョンが示された。本稿ではその一部を切り取りながら紹介していきたい。

株式会社レコチョク代表取締役社長 加藤裕一氏

 まず「開会の挨拶」としてステージに上がったのはレコチョクの加藤社長。「グローバルの視点では、ストリーミングで音楽を楽しむことがもはや当たり前で、アーティストもテクノロジーを使ってファンと直接コミュニケーションを取るなど、ビジネスにおけるテクノロジー化がいっそう進んでいる。昨今は、ITテクノロジー会社と音楽ビジネス企業との間で交流が行われるようになり、コンテンツビジネスのこともたくさん学ばれていると聞いている。これからは、両者で理解しあいながら一緒にビジネスを作っていくような姿勢も大切なのではないか」と考えていることを表明。イベントのテーマである「音楽×テクノロジー」において、その分野の第一人者として、レコチョクも数年前から参画している「Techstars Music」の総責任者であるボブ氏を招き入れた。

Techstars Music代表 ボブ・モクジドロウスキー氏

 ボブ氏はまず「Techstars」と「Techstars Music」の事業内容について解説。Techstarsは2006年に設立し、米国を拠点に世界規模で起業家支援プログラムを展開。スタートアップを募集~少数精鋭の企業を選抜し、3カ月間の養成プログラムを実施していること、期間中は資金やオフィス・スペースを提供し、メンバー企業、各分野の専門家など外部アドバイザー(メンター)からビジネス構築に向けたアドバイスの機会を設け、その後は投資家や専門家を前に成果発表としてプレゼンの機会を与え、優秀な起業家は投資家からの資金調達を受けることができる、という「起業家支援プログラム」を実施していること、Techstarsプログラムを完了したスタートアップの総合時価総額は、164億ドルになっていることを明かした。

 彼らが理念としているのは「創業者第一主義」で、起業家により多くの方々がアクセスできるよう、資本だけではなく、様々な事業、マーケティング、事業開発、顧客獲得、従業員採用、M&Aのチャンスなども支援しているという。3ヶ月間(13週間)のアクセラレータープログラムでは、数百社からの応募から10社に絞り込み、全社それぞれに対して、まずは12万ドル相当の出資を行うが、実際リクルーディングやプログラム開発等を含めると、1プログラムごと1年にわたるプロセス。これらのプログラムを各地で行うことで、Techstarsには年間で45の新プログラム、つまり450社が新たに参画しており、現在は1600社あまりがプログラムに参加したことになる。しかも、86%の会社は現在もまだ活動中・もしくはバイアウト(企業売却)されている―――つまり、ビジネス的に成功しているということだ。

 そして、ボブ氏は「Techstars Music」は「Techstars」においてもセクターに根付いたプログラムの一つとして、「そのようなプログラムには、必ず業界のグローバルリーダーと手を携えて実施するようにしている。音楽の場合には、まさにグローバルで音楽を牽引しているようなメンバーに協力をしてもらっていて、そうでなければ我々のプログラムは成り立たないと言ってもいい」と断言。エイベックスやCONCORD MUSIC、QPRIME、SONY、WARNER MUSIC GROUP、SILVA ARTIST MANAGEMENT、ROYALTY EXCHANGE、BILL SILVA ENTERTAINMENT、レコチョクらの名前を挙げて礼を述べた。

 また、「Techstars Music」は“音楽会社に投資をしていない”というのも面白い発言だった。ボブ氏いわく「音楽業界の問題を解決する、世界各国の会社に投資をしている」ということで、「ストリームサービスと連携して良いポジションになり得る、才能の発掘をする、コンサートのチケットを売る、といった新しいエコシステムを作る際の支援をしていきたい」「非テキストベースの操作や環境で成功する製品とサービス、タイピングではないトーキング、音声で何かを使う、ジェスチャーで動かすものなど、既存のビジネスモデルに対しまして、挑戦しているようなスタートアップ企業に対しての投資」を考えているのだという。

 その後、Techstars Musicが投資をしている企業について「AI関連」「コンシューマー」「ユーザー体験系」といった分野に大きく切り分けたところで、ボブ氏は「今後はAI、ライブイベント、マーケティングビジネスインテリジェンスの方が増えていく」と予測し、昨年と今年の事例を紹介。「Amper Music」や「Popgun」など、AIで音楽の課題を解決する企業の名前をいくつか挙げたほか、今年の注目企業については、「チケットが横流しされたり、二次販売をトラッキングできるチケッティング用のブロックチェーンサービス『Tracer(旧Hellotickets)』」や「もっとも熱狂的なファンが、一番いい席が取れるようにする『Seated』」、「時間帯やあるいは心拍数などに応じて、リラックスできる音楽を選んでくれる『Endel』」など、驚きの、しかし実際に実現までこぎつけているサービスたちの名前が、次々にボブ氏の口から飛び出した。とくに「Endel」と「Blink Identity」には興味を持つ企業が多かったという。

 最後にボブ氏は「日本の音楽業界に向けまして、申し上げたいことがありますい」とし、「日本の音楽業界は、市場における立ち位置について、素晴らしい機会がまだまだあると思っています。グローバルプレーヤーもまだ日本市場を独占するにいたっていないですし、スーパーファンに対する収益化も難しく、製品のポジショニングも、ラジオ、テレビ、物理的なメディアを全て網羅しなくてはいけない。ということは、日本でこういったスタートアップの方々と音楽業界がコラボレーションすることによって、さらなるファンを生み出し、独占的なポジションを得ることができるのではないでしょうか。そして、ここで生まれるものは、財務的なものだけではなくて、皆様のエコシステムのデザイン自体を改善するようなものになっていくと思っております」と期待を寄せたうえで、「日本の企業の方々が投資家として、こういったマーケットの成長のために、牽引する鍵を握るような形になっていただいて、支援をしていただくようになることを望んでおります」と、未来あるスタートアップへのさらなる投資を呼びかけた。

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