『ポケモンGO』開発の裏側をNiantic日本法人・村井説人に聞く 「『人が動いて遊ぶ』を原則に」
『Ingress』そして『Pokémon GO』と、現実を拡張した「リアルワールドゲーム」で、エンターテイメントの新たな地平を切り開いてきたナイアンティック。同社日本法人の代表を務める村井説人氏は、「われわれが出しているアプリケーションは単なるゲームではないと思っています」と語る。ユーザーの現実世界での歩行距離をKPI(企業目標達成度)の一つに据え、人の生活それ自体にポジティブな影響を与えることを重視してきた同社が目指すものとは。『Pokémon GO』の開発テーマから、ARが今後もたらしていくだろう価値、「リアルワールドゲーム」の今後まで、デジタル音楽ジャーナリストのジェイ・コウガミが聞いた。
アプリ開発に際して、定めた「4つの原則」
――既存のゲームにおいては物語性があり、そこにユーザーが入っていくというものが一般的でしたが、『Ingress』の登場で、現実の世界をゲーム盤にした新しい楽しみが生まれたと思います。そもそも「ゲームを開発する」という認識があったのでしょうか?
村井説人(以下、村井): そうですね。『Pokémon GO』も含めて、ナイアンティックが提供しているゲームのことを「リアルワールドゲーム」と呼んでいて、制作にあたって大きく4つの切り口を考えました。
ひとつは、まさに「世界がゲームボードになる」ということ。地球規模で物事を見たときに、われわれが生きている世界は、例えば国境、時間、言語、宗教、ジェンダーなど、さまざまな制約に基づいて分割されてしまいます。こうしたものをできる限り取っ払う仕掛けを、現実の世界が舞台であるということを軸にして実現しようと考えました。2つめは、「歩いて遊ぶ」こと。ご存じの通り、『Ingress』も『Pokémon GO』も、動かないとゲームが進みません。われわれが社会的な課題だと考えたのが、運動不足が原因で亡くなっているとされる方が、毎年530万人いる、というデータ。これは喫煙がきっかけで亡くなっている人数とほぼ同等だそうで、人が外に出て、リアルな世界で運動するよう促したいと考え、「人が動いて遊ぶ」ということを原則にしました。3つめは、できる限り新しい価値に気づいてもらいたい、ということです。人間は知的探究心を満たしたいという本能的な欲求を持っており、そこにアプローチしたいと。その意味で、新しい視点を持ち、いつもと違う道を歩くことで、新たな気づきや発見に出会っていく、という世界を作り上げたいと考えたんです。そして4つめが、ゲームをきっかけに現実世界の友情を作りたい、ということでした。日々の生活が忙しくなってくると、人とのコミュニケーションが鬱陶しくなってきて、ひとりで過ごしたいと思うことも増えてしまう。そんななかで、ゲームという楽しみを通じて、いろんな人と触れ合う機会を作ることができればと考えました。
このように、単にゲーム性を追求するゲームを開発するというより、この4つの原則を実現させること、それをどうやって楽しいものにするかということを常に考えてきました。ナイアンティックは人が動かないゲーム、あるいはリアルの場所でコミュニケーションができないようなゲームは作らない。単なるゲーム会社ではない、不思議な会社だと思っています。
――いずれも「クリア」がないゲームで、ユーザーのモチベーション、熱狂を持続させることが大きなテーマになるのでは??
村井:前提として、われわれが提供しているゲームは、「そのための時間を作って」やってもらいたいわけではないんです。1日は誰にも等しく、24時間。普通のゲームは、そのなかの時間を切り出してプレイすることになりますが、われわれは生きている時間すべてにおいて、生活に寄り添い続けられるものを作りたいと考えているんです。ですから、一度プレイして「面白かった」で終わるものではなく、生活しているなかで、このゲームを通じて見えている世界が違ってくるような、新しい体験を提供することを考えています。
「単なるゲーム会社ではない」と大上段から申し上げてしまいましたが、われわれはARプラットフォームを具現化し、多くの方に新しい体験を提供できると自負しています。現在、ARにおいてはスマートフォンでさまざまな体験ができるようになりましたが、さらにデバイスが進化し、ウェアラブルなものも出てくれば、ARという機能の持つポテンシャルがさらに引き出され、われわれが提供してきた価値も、さらに浸透していくひとつのきっかけになると考えています。
――ARデバイスの進化自体が、「リアルワールドゲーム」に対するユーザーのモチベーションを喚起することになっていくと。
村井:そうですね。ARというのは、単にカメラを通して情報にアクセスするというものではなく、現実の世界に情報のレイヤーを追加する、という技術です。デバイスが進化すれば、自分たちが歩いている世界に、さらに情報が溶け込んでいくようになる。つまり、ゲームをやりたいからやる、というのではなく、普段の世界にゲーム的な楽しさが入り込んでいき、知的探究心がいつの間にか満足する、というものになると思います。
われわれは、この「満足」という言葉を非常に大事にしています。日本通でもある、ナイアンティック経営者のジョン・ハンケが言っていたのですが、「満足という言葉を漢字で考えると、『足を満たす』になる。歩いて、フィジカルに動くということが満たされて、人間は満足するんだ」と。ナイアンティックは、知的探究心を満たしながら、プラス体を動かすことで、人間は進化していくし、さらに高みにいけるだろうと考えているんです。そのことで人は健康になるかもしれないし、人が動くことで地域社会の経済にもいい影響があるかもしれない。そういったさまざまな価値が生まれると思っていて、生活のなかにいつの間にかエンターテイメントが浸透していく、というARが実現する世界のリーディングカンパニーでありたいと考えていますし、そこを追求して開発を進めていますので、ぜひ今後の展開も楽しみにしていただきたいですね。
リアルの世界でのコミュニティ形成を重視
――『Pokémon GO』のリリースから約1年半、ナイアンティック社として達成できたこと、課題として残っていることがあれば、それも教えてください。
村井:例えば、2017年に達成できたことは――『Pokémon GO』をプレイしながら全世界のトレーナー(ユーザー)が歩いた総距離が「158億km」に及んだ、というデータを大きく見ています。『Ingress』においてもそうなのですが、われわれはKPI(企業目標達成度)として、「人がどれだけ歩いたか」ということを重要視しています。地球から海王星までがおよそ45億kmなので、結果としてみんなで海王星まで歩き、戻ってきて、さらにまた向こうまで行ってしまった、というくらいの距離になりました。『Pokémon GO』をきっかけに健康になってくれたユーザーもいるかもしれないし、その道中でさまざまな発見が起きたかもしれない。それはとても輝かしい成果だと思っています。
一方で、課題として残っているのは、当社として取り組みたいことが数多くあるなかで、それを新しい作品としてリリースすることができていない、という部分でしょうか。ただこれから、『Pokémon GO』に続いて、みなさんが動くモチベーションになる作品が届けられると考えています。
――現在進められている『Ingress』の大型アップデート、『Ingress Prime』も大きなリリースになると思いますが、ユーザーはどんなことに期待できるでしょうか。
村井:2012年11月、β版をリリースしてから6年近く経っていますが、いまでも多くの方が『Ingress』とともに歩き、遊んでくださっています。2~3年で規模が縮小してしまうゲームも多いなかで、継続してプレイされている人たちに新しい体験を提供したい。また、『Pokémon GO』でわれわれが提供しているリアルワールドゲームという新しいゲームのかたちを体験した方が、新しく『Ingress』をプレイするということもあると思っていますので、本作ならではの楽しみを享受していただけるようなものを用意しています。
――『Ingress』に関しては、現在も世界中でイベントが開催されていますね。
村井:われわれが出しているアプリケーションは単なるゲームではないと思っています。アプリをきっかけに体を動かす楽しみを提供し、さらに『Ingress』はMMORPG(大規模多人数同時参加型オンラインRPG)になりますから、コミュニケーションをすればするほど楽しくなるゲーム性を持たせています。リアルの世界で人が集まれる機会は今後も用意していきたいですね。リアルワールドゲームのビジョンを実現するための、ひとつの重要なファクターだと考えています。
――コミュニティの形成について、運営側の主導で行っていくのか、あるいはユーザーに委ねるのか、というところでは、どちらに比重を置きますか。
村井:両方必要だと考えています。エージェント(『Ingress』をプレイするユーザーの呼称)の皆さまに感謝を伝えるとともに、ユーザー同士がコミュニケーションをさらに楽しむことができるような仕掛け、きっかけを作るために、オフィシャルイベントは非常に重要です。
一方で、地方自治体やエージェントの皆さまから、「こんなイベントをやりたい」という声が絶え間なく上がってきており、新しいUGC(User Generated Contents)モデルとして、「自分たちの街をもっと知ってもらいたい」「この街でいろんな人と出会いたい」という思いとともに、独自のイベントが開催されています。『Ingress』は、ユーザーが地方自治体と交渉してイベントを立ち上げていく、ということが同時多発的に、毎月のように行われているという、かなり特異なプロダクトなんです。この性質は各国、共通したものですが、ユーザーの積極的な参加とそれを許容する地方自治体、という部分で、日本は非常に強いですね。