『風、薫る』“シマケン”佐野晶哉と“寛太”藤原季節が迎えた終着点 りんと直美の選択

 りんに対するシマケンと違う意味で、寛太(藤原季節)は、直美の人生に新しい風を吹き込んできた。恵風看護婦会を訪れた寛太は、直美に直接話すことがあったようだ。直美の忠告に従い看護婦会をたたんだ報告をすると、日本を出て海外へ渡ると告げる。

 「規則だか何だか知らねえが、近ごろ何かって言うと線を引いちゃ内か外かを決めたがるだろ」

 まるで現在の日本を風刺するような台詞だが、ルールによって規制する社会のあり方は、寛太のような人間の生きる場所を狭める。誰かを守るためのルールが、ある種の人々の“自由”を奪うのである。「開花の世を泳いできた」寛太が「せまっくるしくなったこの国」を捨てて、最後に会いに来たのが直美だったのか。「一緒に行くか」は、これまでの寛太の言動からすると直美を利用する魂胆に思えるが、本心は別にあった。

 当然、直美は寛太の誘いを断るのだが、寛太の本名を尋ねたことで認識が180度変わる。寛太の苗字は「小日向」。鹿鳴館に潜り込んだ寛太が玉の輿を狙っていた直美と知り合い、結婚詐欺をしていた時に名乗っていたのが「小日向栄介」だった。つまり寛太は、最初から苗字を偽っていなかったことになる。

 寛太は直美に対して、自身が何者であるかを伝えていた。この事実は小さくない。直美にとって名前は単なる記号ではなく、自身の居場所を表し(「大家」)、どこから来たかを示す(名前がない=捨て子)大切なものだからだ。さらに、寛太が直美に本当の自分を見せていたという事実は、ひるがえって直美への言葉が本心であることも示唆していないか。

 寛太にとって、直美は、自分と同じように社会の底辺からはい上がった“同志”である。寛太は、直美が看護の世界に飛び込み、成功する姿をひそかに認めていたと思われる。だからこそ直美のやや無理めな頼み(実母について調べる、看護婦会を解散する等)にも応じた。もしかすると、寛太にとって直美は、唯一本音で向き合える女性だったかもしれない。

 直美と寛太の違いは、直美にはりんがいたが、寛太にはいなかったことである。直美は、りんや捨松(多部未華子)と出会い、看護の道へ進んだ。直美はりんや環(瀧七海)と“家族”になることで自分の居場所を見いだした。寛太は法律の枠外で自らの才覚を頼りにする以外なかった。寛太の直美に対する告白は、長い時間をかけた感情の蓄積であると同時に、孤独な胸中を打ち明けているように響く。

 寛太のことだから「小日向」も本名ではないのかもしれない。そうだとしても、そのことも含めて、虚実の境界を行き来する寛太は魅力的なキャラクターだった。個人的に寛太のその後が気になるので、制作サイドにはぜひ寛太のスピンオフを検討していただきたい。この時代に大陸に渡った人々は波乱万丈の人生を送っている。藤原季節の演技力を堪能できる作品になるはずだ。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

関連記事