『花緑青が明ける日に』にみたアニメーションの根源的な力 “花火”に込められた深い意味
本作が興味深いのは、そこで再開発側が一方的な悪として、3人が善なる存在として、二項対立のぶつかり合いに向かわないことだ。例えば、市役所に勤めることを選んだ千太郎は、町づくりをする行政として、自分たちの家を壊そうとしている側にまわったようにも見える。しかし、その立場を利用することで守れるものもあるかもしれない。
家に残った弟の敬太郎は、開発に対して抵抗し続ける。最も直接的に大きな力に反抗し続ける。果たしてその姿勢は純粋といえるのか。それとも自分の世界に閉じこもっているだけなのか。一方、カオルは土地から離れて、故郷を思いながら自分の人生を始めている。それは逃避なのか。それとも新しい視点を獲得し、故郷を一つのかたちで支えるために必要な選択だったのか。
現実の社会問題が、そう簡単に割り切れないように、本作は環境を守る人と環境を壊す人、という二つの陣営を作るのではなく、同じ問題を前にして、それぞれ違う場所に立たざるを得ない人間たちを描いているといえるのだ。本作は、そこで生まれる矛盾を隠さない。
だからこそ、美の象徴であるはずの花火もまた、単純な美しさのみでは終わらない。そのことが最も鮮明になるのが、クライマックスの花火のシークエンスだ。おそらくは日本の芸道や武道などにおける「守破離」が由来にある幻の花火「シュハリ」は、ここで皮肉にも花火工場を飲み込もうとする、ある人工物によって、その美を完成させることになる。“美”とは、けして一方向から到達するものではないのかもしれない。
「関東で唯一」といわれる生態系を有した、神奈川県三浦市にある「小網代の森」が舞台となっていると考えられる本作で、花火が撒き散らす火によって、森の小動物が逃げていく一場面は、さらに示唆的だ。人間にとって美しいと感じる花火は、動物にとっては脅威でしかない。考えてみれば花火そのものも、もともとの自然環境を破壊する人工物という意味では、再開発における自然破壊と、根本的に何ら変わらないのではないか。「花緑青」が美しい色彩を持ちながら生物にとって危険な物質であるように、花火の美しさもまた、暴力性を備えているのだ。
本作は、神奈川から東京へと向かう、朝の光のなかで幕を閉じる。最後に静止する画面に映し出されているのは、物語上、必要ではないはずの巨大なタンク。それらが並ぶ鉄鋼コンビナートから煙が出て、大気を汚している状況だ。しかし、この幻想的な朝焼けと工場が作り出す景色を、観客は「美しい」と感じてしまうかもしれない。
ここで製鉄に象徴されているだろう、人間によるあらゆる産業は、人間の生活を支え、都市を成立させる技術であると同時に、自然環境にダメージを与えるものだ。かつての浮世絵が、その時代に存在する都市や自然や人々を一枚の画面に切り取ったように、本作は現代の矛盾した問題を、一つの風景として切り取っているのだ。
この映画は、現在の深刻な社会問題について、こうすべきだという答えを提示する作品ではない。だから、観客によっては物足りなく感じるかもしれない。とはいえ、現実の世界に横たわる問題に簡単な答えがないのも確かなことではある。自然を守りたいと考える人々も、便利な生活を捨てることは難しい。開発によって生活をつないでいる人もいる。映画が終わっても、問題は終わるわけではない。
では、観客はどうするのか。そうした問題に対して抵抗するのか、開発する側にまわるのか。あるいは、その問題から目を逸らし離れるのか。工場、煙、そして自然の風景……。観客のいる現実とつながっている世界を映し出すことで、本作『花緑青が明ける日に』は、そうした問いに答えを出さずに、そのままわれわれに渡すのだ。美しい映像と音楽をリピートさせ楽しみ続けるとともに、この現実の問題を、われわれ観客はどのような立場を選んだとしても、考え続けることになるのだろう。
また、Blu-ray&DVD版の特典では、四宮監督のトークや、本作の展覧会でのライブドローイングの制作、ヴィクトル・アジュラン監督との対談イベントなどが収録されている。なぜ、こうした特異な作風のアニメーション映画が生み出されるに至ったのか、監督のパーソナリティや画家としてのアプローチ、環境問題への考えや、ソーラーパネルと自然の森にまつわる着想を含め、この作品をさまざまに読み解くヒントが、そんな特典のあちこちに隠されている。何度も鑑賞する間に、この映画そのものの魅力や、それが喚起するメッセージと社会の奥行きをより深く考えるために、ぜひそうした映像を補助線として理解を深めてほしい。
■リリース情報
『花緑青が明ける日に』
9月11日(金)Blu-ray&DVD発売
【Blu-ray豪華版】
価格:8,580円
品番:TCBD-1989
仕様:2026年/日本/カラー/本編76分+映像特典(収録分数未定)/16:9/1層/音声:本編①日本語DTS-HD Master Audio5.1ch・②バリアフリー日本語DTS-HD Master Audio2.0ch/日本語バリアフリー字幕・英語字幕/1枚組
【DVD豪華版】
価格:7,480円
品番:TCED-8796
仕様:2026年/日本/カラー/本編76分+映像特典(収録分数未定)/16:9/1層/音声:本編①日本語ドルビーデジタル5.1ch・②バリアフリー日本語ドルビーデジタル2.0ch/日本語バリアフリー字幕・英語字幕/1枚組
<特典映像>
●萩原利久・入野自由・四宮義俊監督 ベルリン国際映画祭レポート
●萩原利久・古川琴音 アフレコインタビュー/メイキング
●萩原利久・古川琴音 撮り下ろしインタビュー special talk
●四宮義俊監督 Animation Day用WIPインタビュー
●舞台挨拶集(ジャパンプレミア・公開記念舞台挨拶・公開後舞台挨拶)
●特報映像/予告編
●四宮義俊監督<ほぼ日曜日 映画『花緑青が明ける日に』展+日本画家・四宮義俊の作品展>
ライブドローイング/トーク with ヴィクトル・アジュラン
映像協力:ほぼ日(ロゴ) HOBONICHI
※収録内容は変更となる場合あり
<封入特典>
●四宮監督描き下ろしイラストによるアウターケース仕様
●ポストカード
※デザインは準備中。仕様は変更となる場合あり
キャスト:萩原利久、古川琴音、入野自由、岡部たかし
原作・脚本・監督:四宮義俊
主題歌:imase「青葉」(ユニバーサル ミュージック/Virgin Music)
キャラクターデザイン:うつした(南方研究所)、四宮義俊
作画監督:四宮義俊、浜口頌平
美術監督:四宮義俊、馬島亮子
音楽:蓮沼執太
色彩設計:四宮義俊、水野愛子、齋藤友子、岡崎菜々子
撮影監督:富崎杏奈
特殊映像:SUKIMAKI ANIMATION
ストップモーション映像:Victor Haegelin
CGディレクター:佐々木康太郎
編集:内田恵
音響監督:清水洋史
録音・調整:太田泰明
音響効果:中野勝博
音響制作:東北新社
アニメーションプロデューサー:藤尾勉
プロデューサー:竹内文恵、Emmanuel-Alain Raynal、Pierre Baussaron
宣伝プロデューサー:中島航、小野美香
製作:A NEW DAWN Film Partners
制作:アスミック・エース/スタジオアウトリガー/Miyu Productions
発売元・販売元:TCエンタテインメント
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