山﨑賢人はなぜ主人公として輝き続けるのか? 唯一無二の“主人公力”が生まれる理由
山﨑賢人は、いったい何人の「主人公」を背負ってきたのだろう。
『L・DK』の久我山柊聖、『斉木楠雄のΨ難』の斉木楠雄、『四月は君の嘘』の有馬公生、『キングダム』の信、『ゴールデンカムイ』の杉元佐一……。これまでの代表作を並べるだけでも、その役柄は実に幅広い。人気漫画を原作とする大型実写作品で、山﨑は繰り返し物語の中心を担ってきた。さらに最新作『キングダム 魂の決戦』は興行収入51.6億円を突破し、シリーズは邦画実写史上初となる5作連続50億円超えを達成した(※)。
しかし、ここで改めて考えてみよう。同じ「主人公」とはいっても、山﨑が演じてきた人物は決して一様ではない。少女漫画の王子様、超能力を持つ高校生、ピアノの才能に苦悩する天才少年、天下の大将軍を目指す少年、戦争を生き抜いた元兵士。時代を追うごとに、山﨑に求められる主人公の姿は大きく変化している。
では、なぜ山﨑賢人は、これほどまでに異なる「主人公」を託され続けるのか。
「王子様」山﨑賢人
山﨑賢人が出演してきた漫画原作作品を振り返ると、まず目に入るのは少女漫画の世界である。『L・DK』『ヒロイン失格』『オオカミ少女と黒王子』などで演じたのは、ヒロインにとって憧れの存在となる男性キャラクターだった。ここで山﨑に求められていたのは、漫画のなかに描かれた「理想の男性」を、現実の人間として成立させることだった。
漫画では、キャラクターの表情や立ち姿、台詞によって「カッコよさ」を一瞬で伝えられる。しかし、それは単純に「漫画なら一瞬でカッコよさを伝えられる」という意味ではない。漫画では、コマの大きさや構図、キャラクターのポーズ、表情、視線、台詞、背景などを組み合わせ、作者が読者に見せたい瞬間を切り取って提示することができる。さらに、読者がページをめくる速度や視線の動きまで含めて、キャラクターの印象を設計できる。つまり、漫画では一枚の絵のなかに、キャラクターの「カッコよさ」を成立させるための情報を集中的に配置できるのである。
一方、実写では、俳優が実際にその人物として画面に立たなければならない。カメラが捉えるのは、止まった一枚の絵だけではない。立ち方から歩き方、声の出し方、相手との距離、視線の動き、表情が変化するまでの時間まで、身体そのものが観客に見られることになる。漫画では作者が一つの「決められた瞬間」を提示できるのに対し、実写では、その人物が動き続ける時間のなかでキャラクターを成立させなければならない。
立っているだけで目を引く華やかさ、相手との距離感、ふとした表情。そうした細かな要素が重なって、初めて観客は「この人は漫画の世界から出てきた人物なのだ」と感じられる。山﨑はキャリアの早い段階から、そうした漫画的な人物の魅力を実写の身体で表現してきた。
ただし、彼のキャリアは「王子様」を演じ続けることで終わらない。むしろ、ここから役柄のグラデーションが少しずつ変化していく。
「王子様」から「超能力者」へ――『斉木楠雄のΨ難』
2017年公開の『斉木楠雄のΨ難』で山﨑が演じた斉木楠雄は、超能力を持ちながら、できるだけ目立たず平穏に暮らしたいと考える高校生だ。それまでの少女漫画作品で演じてきた「王子様」とは、大きく異なる役柄である。
しかも、斉木は一般的な「カッコいい主人公」とは少し違う。圧倒的な超能力を持ちながら、それをひけらかすことなく、日常のなかで淡々と過ごしている。作品自体もコメディーであり、山﨑には、それまでとは違った主人公の魅せ方が求められた。
ここで興味深いのは、山﨑が「王子様」のイメージをそのまま斉木に持ち込んでいないことだ。華やかな容姿を持ちながら、その華やかさを前面に出さず、淡々とした表情や独特の間によって斉木という人物を成立させている。この時点ですでに、山﨑は一つの役柄のイメージに留まるのではなく、作品にあわせて自分の見せ方を変える俳優であることが分かる。
「演じる」だけでは足りない――『四月は君の嘘』
2016年公開の『四月は君の嘘』で山﨑が演じた有馬公生は、幼い頃からピアノの才能を認められていた天才少年だ。山﨑は撮影に向けてピアノを練習し、演奏時の姿勢や指の動きなどを身につけていった。
俳優が役を演じるとき、私たちは台詞や表情ばかりを見ているだろうか。実際には、椅子に座る姿勢、歩き方、手の動かし方、物に触れるときの仕草まで、無意識のうちに受け取っている。山﨑は「ピアニストを演じる」のではなく、「ピアニストとして画面に存在する」ための準備をしていた。
ここで、漫画キャラクターを実写化する山﨑の方法が少しずつ見えてくる。役柄の外見を似せるだけではなく、その人物ならどのように身体を動かすのかまで考える。自分を役に当てはめるのではなく、役にあわせて自分の身体や表現を変えていくのである。
『キングダム』で「主人公を背負う俳優」へ
『キングダム』で山﨑が演じたのは、天下の大将軍を目指す主人公・信。戦災孤児として育ち、剣を握り、泥にまみれながら戦い続ける。この「これから強くなっていく少年」を実写で表現するには、どんな身体が必要なのか。山﨑は役作りのために身体を絞り、アクション練習を重ねた。
重要なのは、筋肉をつければそれだけで信になるわけではないということだ。信に必要なのは、少年らしい軽さと、戦いを重ねることで生まれる力強さ。その両方を持った身体である。山﨑は、アクションの一つひとつを身につけながら、信という人物の成長を身体そのもので表現していった。ここで、山﨑賢人のキャリアに一つの大きな変化が起きる。
それまでの作品では、漫画のキャラクターを実写の世界へ移し替えることが中心だった。しかし『キングダム』では、山﨑自身が長大な物語を背負う存在になった。シリーズが続けば、信も成長する。1作目の信と、その後の信では、経験してきた戦いや出会った仲間が違う。当然、表情も身体の動きも変わっていく。山﨑が信を作る。しかし同時に、信を演じ続ける時間が、山﨑賢人という俳優の「主人公像」も作っていく。『キングダム』は、山﨑賢人にとって一つの役を演じた作品というだけではない。長い時間をかけて、一人の主人公とともに成長していく経験になったのである。