『Tシャツが乾くまで』愛ゆえに生まれる“咲子”蒼井優の苦しさ “心の証明”をめぐるすれ違い
ある男が、妻に何も言わずに長野行きのバスに乗った。その隣には別の女性がいた。2人は親しげに話す姿が目撃されており、その行き先は男の実家だった……。ならば、2人は特別な関係だったに違いない。そう考えるほうがわかりやすいし、実際に私たち視聴者もそう思わずにはいられなかった。目の前にあるいくつかの事実をつなぎ合わせて、ひとつの物語を作り出す。何があったのかわからないからこそ、自分が納得できるストーリーを作ってしまうのは人間のサガなのだろうか。
愛しているから充を尊重したいのに、愛しているからこそ自分には理解できない行動をとった充を受け入れられない。咲子の苦しさは、愛ゆえに生まれる相反する思いにある。そんな矛盾の渦中にいる咲子にとって、樹生と過ごす時間のほうがむしろ穏やかで、居心地の良さを感じる。疑う必要もない。心を揺さぶられることもない。でも、それは樹生を充のようには愛していないからでもある。
一緒にいて楽しいし、ラク。思わず充に言葉を荒げてしまうほど、樹生のことを大切に思っている。でも、それは恋愛とは違う。咲子自身には、その違いは明確だ。けれど、充を疑っていた咲子自身もまた、同じ問いの前に立たされる。その感情の違いを他人にどう証明できるだろうか。本人が「恋愛感情はない」と話す以外に、それを証明する方法などあるのだろうか。
考えてみれば、私たちはいつだって目に見えるものからしか、人の心を推し量ることができない。笑っているから、元気なのだろう。仕事ができているから、もう立ち直ったのだろう。誰かと楽しそうに過ごしているから、傷ついた心は癒えたのだろう……と。
けれど、人の感情はそんなに単純ではないと、自分自身のことであれば痛感することができる。笑顔でいても悲しみの中にいる人もいる。いつも通りに振る舞っていても、怒りでどうにかなってしまいそうな人もいる。愛しているのに、その人と一緒にいることが苦しくて、逃げ出さずにはいられない人もいる。
それは、咲子が口にしていた「いつまで可哀想な人でいたらいいのか」という問いにも通じているように思えた。悲しんでいることを周囲に認めてもらうために、可哀想な人でいなければならないような気持ちになる。妻を愛していることを、あるいはおしゃべりの相手を愛していないことを証明するために、どんな顔で、どんな行動を見せればいいのか。
そもそも、当の本人ですらうまく言葉にできない感情を、周囲の人間が完全に理解することなど不可能にも思える。事実は、当事者の心の中にしかない。だから、本当の気持ちを完璧に証明することなど、きっとできない。ただ、それでも誰かとともに生きていこうとするならば、その不可能に挑み続ける覚悟がいる。「わかってもらえない」で終わることもできない。心の中をそのまま取り出して見せられない。だからこそ、相手に信じてもらえる形を、必死で探し続けるのだ。
充と咲子の間にあった「言いたくないことは言わなくていい」という約束は、きっとお互いの「言わない」という意志まで信じられる関係があってこそ成り立っていた。でも今は、その前提となる信頼のフィルターがつまってしまった。もう「言わない」ままで、一緒にはいられない。証明できない心を、それでもどうやって伝えていくのか。第6話で突きつけられたのは、「何が真実なのか」以上に、真実をわかってもらおうとすること、そして見えない相手の心をもう一度信じようとすることの難しさなのかもしれない。
■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXT、Netflixにて配信
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs