『スター・ウォーズ:ビジョンズ/九人目のジェダイ』が衝撃の傑作 因数分解されたSWらしさ
これぞ、『スター・ウォーズ』——。『スター・ウォーズ:ビジョンズ/九人目のジェダイ』が、8月5日よりディズニープラスにて独占配信中だ。物語、アクション、カメラワーク、キャラクター、そのどれをとっても完成度が高い本作。毎話ごとに思わず声を上げてしまうようなアツくてエモーショナルな展開に、終始興奮させられた。そんな本作の魅力を紐解きたい。
“ジェダイもシスもいない”銀河で
まず観始めて感じたのは、「おっ、急に始まるな」という感覚。前提知識をいっさい要求しない潔さが心地良いと同時に、懐かしく感じられた。考えてみれば、もともと『スター・ウォーズ/新たなる希望(エピソード4)』だって唐突に幕が上がり、「いま銀河はこうなっている」という膨大な情報量を観客の顔面に叩きつけながら、否応なく世界観へと放り込む構造だった。本作にはテロップの類こそないものの、ジェダイもシスもすでに存在せず、ライトセーバーは作り手の限られた稀少品と化している。当たり前のように関係値が築き上げられたキャラクター同士の会話の中から、彼らを知っていく工程にあるのは、はじめて『スター・ウォーズ』に出会ったときに覚えた“観る者を惹き込む引力”そのものだ。過去作との接続やイースターエッグで長年のファンをくすぐるのではなく、皆同じスタートラインでまっさらな物語を楽しめる作りは、特に『スター・ウォーズ』シリーズに疲れを感じ始めていた層にこそ、刺さるはずだ。
とはいえ、一応“予習エピソード”は存在する。もともと本作は、9つのアニメスタジオがそれぞれの解釈で『スター・ウォーズ』を描くアンソロジー企画『スター・ウォーズ:ビジョンズ』の一編「The Ninth Jedi」、そしてその続編として生まれた『The Ninth Jedi: Child of Hope』の続編を、初の長編シリーズとして育て直したものだ。そのため、その前日譚にあたるエピソードは存在し、それを観るとよりキャラクターや世界観を理解しやすいが、これを観なければいけないというわけでもなく、むしろシリーズを完走した後に観る味わいもある。
正史の設定に縛られない作品だからこそ、制作陣は連続性の維持よりも物語そのものの強度を優先できる本作。舞台は、帝国も反乱軍もとうに歴史の彼方へ消えた戦乱の銀河。ジェダイの騎士団は解散し、フォースの伝承すら神話と化している。強いフォースを宿す少女カーラは、銀河でただ一人ライトセーバーを鍛えられるセーバースミス(鍛冶屋)の父・ジーマとともに剣を学んできたが、ある日ジーマはダース・ベイダーのような黒いマスク姿のナワームの部下に連れ去られてしまう。ジェダイ騎士団の復活を願う辺境伯ジューロらとともに、カーラは父を救い出そうとするーーというのが大筋だ。
“日本アニメ”として作られた『スター・ウォーズ』
そんな本作に強く感じるのは、単なる“アニメーションという技法で語られた『スター・ウォーズ』”ではなく、紛れもなく“日本アニメとして作られた『スター・ウォーズ』”としての良さだ。総監督を務める神山健治、そして『攻殻機動隊』シリーズで名高いProduction I.Gの手つきが画面の隅々にまで宿り、キャラクターデザインには『NARUTO』でも知られる西尾鉄也が参加。ダース・ベイダーへのリスペクトを込めつつ、戦国武将をモチーフに造形されたナワームの佇まいひとつ取っても、その意匠には日本のアニメーションならではの解釈が滲む。剣戟の間合い、光と影の使い方、表情の演技、そのすべてに独特の質感とテンションの高まりが宿っていて、とにかくカッコいい。何より、神山総監督自身が「『スター・ウォーズ』はやっぱりジェダイの話だと思う」と語り、ジョージ・ルーカスが時代劇や侍にインスピレーションを得たことを踏まえたうえで、自分なりのジェダイ観をこの作品に託したと明かしていることが興味深い(※1)。侍の物語として生まれた『スター・ウォーズ』が、日本のアニメスタジオの手によって再びジェダイという一点に絞り込まれ、原点回帰する。この円環そのものも本作の奥深さに繋がっているのではないだろうか。
声優陣の芝居も見逃せない。カーラを演じる赤﨑千夏の芯の強さ(そして声を荒げる演技の良さと言ったら!)、ナワーム役の大森南朋が醸す得体の知れない凄みと平坦で無感情な声色、声を聞いただけで安心できるジューロ役の金尾哲夫とイーサン役の峯田大夢、ホーメン役の田所陽向、「めっちゃ良い」としか言いようがないオジイ役の声を担うチョー、そしてカッコよさが銀河一なジーマ役の三木眞一郎まで、実力派が脇を固める。また、パドメを彷彿とさせる領主タフーラ役を坂本真綾が演じる意味や、クワナ役の檜山修之といった新キャラクターの声など、旅の道行きに厚みを加えていく。
そしてやはり、アクションとカメラワークにおいてProduction I.Gの本領はピカイチだ。ライトセーバーの一閃一閃に間合いと緊張が宿り、ドロイド軍団との肉弾戦、艦隊戦のスケール感、宇宙船でのチェイスに至るまで、画面設計にまったく隙がない。第1話では、艦隊司令官ゲンノウ配下の中央管理型ドロイドが街を蹂躙する中、カーラとオジイが敵艦に潜入して制御部を破壊する一連のシークエンスが描かれる。興味深いのは、監督の多田俊介がこの第1話のアクションについて、あえて“ハイパーアクション”にはしなかったと明かしている点だ(※2)。未熟なカーラが、ドロイドによじ登って攻撃をかわすようなどこか不格好な戦い方をあえて選んだのは、迫力よりもキャラクターの未熟さと成長をドラマとして伝えることを優先したから。派手に斬りまくるより、「今主人公が優勢なのか劣勢なのか」を絵作りで伝える“物語る殺陣”を志向したというこだわりが、後半にかけて研ぎ澄まされていく剣戟の変化とも呼応し、カーラの成長曲線そのものを可視化しているのだ。