ジャン=リュック・ゴダールを現代的な視点から再考する 監督作が“異物”であり続ける理由

視線の権力と美学

 映画のなかの男たちが映画を模倣したように、ゴダールの作品における女性たちもまた、特殊な環境に置かれている。その中心にいたのは、当時のゴダールの妻であり芸術の源泉たる“ミューズ”であったアンナ・カリーナであった。

 『女は女である』は、アンナ・カリーナが演じるキャバレーでストリップをする女性が、同居する恋人に「今すぐ子供がほしい」と迫る、不思議な筋のコメディだ。拒絶する男に対し、彼女はジャン=ポール・ベルモンド演じる友人と寝てでも妊娠すると宣言し、奇妙な三角関係の駆け引きが展開していく。

『女は女である』©︎1961 STUDIOCANAL - Euro International Films,S.p.A.

 本作でゴダールが挑んだのは、ハリウッド・ミュージカルの形式的な解体だ。劇中、音楽は唐突に切断され、断続的に鳴り続ける。かと思えばミシェル・ルグランによる、俳優の細かな動きにまで音をつけるクラシカルな劇伴がゴダールの破壊的な作風と衝突し、ちぐはぐな印象を与えてもいる。ゴダールの編集とルグランの職人性とが、一つの美学へ統合されていないのだ。その不自然さや全体を軋ませる内容は、ミュージカルというジャンルを痛めつけているようにすら感じられる。

 ここでカメラが捉えているのは、ゴダール作品における男性同様、女性のリアルな内面や葛藤ではない。彼女が発する情動や気まぐれは、個人の現実的な欲求や生活の実感として掘り下げられるのではなく、まさに「女は女である」という抽象的な概念の記号へと閉じ込めてしまう。ゴダールの初期作では、しばしば男性たちが女性をなじる。劇中では、ヒロインへの怒りを“全ての女”にまで拡大させてしまうシーンすらある。

 カメラは、アンナ・カリーナの可憐な魅力を、執拗にフレームに収め続ける。作り手の意識が、劇映画であることを忘れるくらいに突出し、撮りたいものを映し出す。これは“ヌーヴェルヴァーグの走り”といわれる、イングマール・ベルイマン監督の『不良少女モニカ』(1953年)にも通じているほか、やはりジュリエット・ビノシュの顔を執拗に捉えたレオス・カラックスにも共通する、ヌーヴェルヴァーグの典型的な手法であることは間違いない。しかしその崇拝は、演技者自身の人間性や役柄の内面ではなく、それらが象徴する“美”の概念だったのではないか。

 この被写体への視線の問題は、『女と男のいる舗道』において、より深刻なかたちで表出する。女優になることを夢見ながらも生活苦から困窮し、やがてパリの街角で娼婦となっていく女性(アンナ・カリーナ)の悲劇を描いた全12章からなる本作。ゴダールは彼女のドラマをリアルな社会派ドラマとして撮ることを回避する。

『女と男のいる舗道』© 962.LES FILMS DE LA PLEIADE.Paris

 象徴的なのは、カール・テオドア・ドライヤー監督の無声映画の傑作『裁かるるジャンヌ』(1928年)を、主人公が見つめる場面だ。画面には、火刑に処されることになるジャンヌ・ダルクの絶望と信仰が、涙を流す俳優の顔のクローズアップとともに表現される。それを見る主人公の瞳からも、涙がこぼれ落ちる。それがまた、『裁かるるジャンヌ』のクローズアップに並ぶ、映画史に残るアイコニックな“顔”のショットになったことは興味深い。

 しかし、である。ドライヤーのカメラが、ジャンヌという一人の人間の魂や痛みへと肉薄しようとするのに対して、ゴダールは悲劇の女性の痛みに寄り添うのではなく、やはり彼女を美的な存在や、思考を展開するための存在として扱うことをやめないのだ。そこが、ゴダールやカラックスに共通する、ある種のサディスティックな特性であり、視線の持つ権力性だといえるのではないか。

引用で閉じられた世界と破壊衝動

 世界を映画の内部へと取り込み、記号化していくゴダールの初期の試みは、1965年に至って、『気狂いピエロ』というかたちで、一つの最高峰へと到達した。リンクレイター監督が暴き出したように『勝手にしやがれ』は、ゴダールの映画づくりへの理想を反映させながらも、曖昧さや偶然のなかから辛くも生まれた傑作であった。そんな奇跡が、さまざまな試行錯誤を重ねたことで、ついに“再現性”へと至ったのである。それは、ゴダールがヌーヴェルヴァーグを体得しコントロールできるまでになったことを意味している。

 退屈な家庭生活に嫌気がさした男(ジャン=ポール・ベルモンド)が、かつての恋人(アンナ・カリーナ)と再会し、ギャングの追手から逃れ、南へとあてもない逃避行に出る。ファッション誌の1ページを切り取ったような、鮮烈な原色のビジュアルの数々。主人公は現実の感情で話すのではなく、既存の文学やアートの言葉を引用することでしか愛や絶望を語ることができない。もはや人生そのものが、過去の文化の残骸によって再構成されているようだ。

『気狂いピエロ』©1965 STUDIOCANAL / SOCIETE NOUVELLE DE CINEMATOGRAPHIE / DINO DE LAURENTIS CINEMATOGRAPHICA, S.P.A. (ROME). ALL RIGHTS

 劇中、顔を黄色く塗りたくって東洋人を真似るシーンがある。ゴダールの意図が、ベトナム戦争に突入したアメリカの帝国主義やメディア社会への辛辣な風刺しようとしていたことは明らかだ。とはいえ、そこで西欧社会が積み重ねてきたアジア人に対するステレオタイプを再利用してしまっていると感じられるのだ。ここには映画やアートの記憶に依存し、社会性が希薄なシネフィルの限界も露呈されている。既存のイメージを解体しようと画面に持ち込んだときに、引用されたイメージが持っている暴力性や偏見までをも再生産している箇所である。時代なりの社会観であることを加味せねばならないとしても。

 『気狂いピエロ』のラスト、主人公は自分の顔を青く塗り、ダイナマイトを巻きつけて自爆する。それは物語の結末であると同時に、あらゆる閉塞感から逃れようとする行為のようにも感じられる。トリュフォーの『大人は判ってくれない』(1959年)がそうだったように。だが、そこで挿入されるのが、アルチュール・ランボーの詩の引用であることで、引用で埋め尽くされた世界にどこまでも囚われ続けるゴダールの作家性が明らかなものとなっている。とはいえ、この爆発自体はゴダールらしいかたちでの、外に向かう力であることも間違いないだろう。彼は生涯を通じて、物語やジャンルの形式、映画産業のシステムを破壊し続けたのだ。

『気狂いピエロ』©1965 STUDIOCANAL / SOCIETE NOUVELLE DE CINEMATOGRAPHIE / DINO DE LAURENTIS CINEMATOGRAPHICA, S.P.A. (ROME). ALL RIGHTS

 ゴダールは道徳家ではない。彼の映画への愛は決して無垢なものではなく、女性を輝かせながら記号として消費し、帝国主義を批判しながら差別の表象を引き継ぎ、映画の自由を叫びながら映画という密室から最後まで出なかった。彼の革新性と限界は、まったく同じ根にあるのである。

 しかし、だからこそ彼の相剋が生み出す火花は、いまなお鮮烈なイメージでわれわれの目に迫ってくる。現実よりも映画を信じ、イメージの内部に住みついたシネフィル的な手つきこそが、メディアやSNSを通じて誰もが編集されたイメージのなかで自分自身を演じる現代の私たちの悩みや後ろめたさ、あるいは楽しみを、結果的に原初的なかたちで投影してもいたからだ。それはむしろ彼自身が、映画という人工的な世界に過剰適応した、きわめて早い時期の「オタク」だったということもいえよう。

 ゴダールは、世界がイメージへと置き換わっていく直前の時代において果敢に、あるいは破壊衝動を発揮して、そこに自ら突入していった。われわれもまた自身が囚われている、ある種の態度、あるいはイメージへの過剰適応という“症例”の原点を直視するために、再びゴダールの前に立たなければならないのではないか。イメージの暴力性と限界に周囲を巻き込み、自身も含めて傷つきながら走り抜けたゴダールの作品は、いまだに物議を醸す、興味深い“異物”であり続けているのだ。

関連記事