『風、薫る』はなぜ新しい朝ドラとなったのか “生きるための看護”が切り拓いた視点
りん(見上愛)、復活。NHK連続テレビ小説『風、薫る』第19週「黎明の翼」(演出:佐々木善春)では、舎監として住み込みで働く地域の近くの村で赤痢が発生し、りんが看護に立ち上がる。直美(上坂樹里)も手助けに来て、バディの威力を発揮、難事を乗り越えた。
東京から来た謎の患者・柳生役で中村倫也が登場。出番は少しながら、さすが名優、強い印象を残した。
赤痢の状況を見てりんが真っ先に思い浮かべたのは、かつて父・信右衛門(北村一輝)がコロリに罹って亡くなったときのことだ。家で疫病患者が出ると近隣の人たちに忌み嫌われる。これ以上うつさないように家に閉じこもるしかなくなる。悪化すると避病院に行くしかないが「死病院」の異名もあり、行ったら最後、死ぬと恐れられていた。
信右衛門はりんに感染させないためにも避病院に行こうとしたが、りんが止めた。そこで彼は納屋にひとりこもって苦しんだすえ亡くなった。ただ家で寝ていても良くなる可能性は限りなく低く、かといって避病院に行っても助からない。単なる隔離でしかない。家も避病院も地獄なのだ。
少年・長太郎(渋谷そらじ)の母・アサ(美山加恋)はこのまま家にいると、長太郎にうつしてしまうことを心配し、避病院に行く決意をする。夫・太助(板橋駿谷)は反対するが……。
黒川(平埜生成)とりんは、避病院を生きるための病院にするべく奮闘する。看護のノウハウを知っているりんはまず清潔を徹底することからはじめる。看護学校での学びが大いに役立つ。締め切った部屋を開け放ち風と光を入れて、不衛生なむしろを掃除。赤痢という病気の特性からして相当不衛生になっていたことだろう。ニオイがすごいと思う。そこはドラマだからリアルに描くことは難しいとはいえ、排泄物を処理するための穴を掘ることが描写された。
りんたちが避病院に持参したくわを、死体を埋めるためのものだと非難する村人たちに「生きるため」に使うものだとりんは毅然と返す。
生きることは食べることという哲学は、これまで幾度となく朝ドラで描かれてきた。だが、排泄物の処理が生きることとつながっていることを描くのは画期的ではないだろうか。どうしても汚いものは敬遠してしまうが、食べたら出る、その循環で人間は生きている。排泄物の処理の仕方の進化が人間社会をどれだけ快適にしたことか計り知れない。この排泄ということに着目した映画がある。江戸末期、排泄物の処理(こちらは糞尿を農作物の肥料などにして好循環をはかる)仕事をしていた人を描く『せかいのおきく』(2023年/阪本順治監督)だ。
朝ドラ『虎に翼』(2024年度前期)は透明化されてきた人を描くというなみなみならぬ意欲をもって、これまでドラマでぼかされてきた人たちに着目していたが、『風、薫る』はさらに透明化されてきたものに挑んだと言えるだろう。ちなみに『ブギウギ』(2023年度後期)では空襲のとき、主人公(趣里)がお手洗いに入っていて避難が遅れるという人間の生理を描いていたのもチャレンジであった。