『プルリブス』シーズン1を考察 “孤独な主人公”キャロルが選ぶ、人類復活への凶悪な道
『ブレイキング・バッド』の中心クリエイター、ヴィンス・ギリガン、そして彼が製作総指揮を務めた『ベター・コール・ソウル』に出演していた、レイ・シーホーン主演のドラマシリーズ『プルリブス』のシーズン1が終了した。そのラストは、物語を収束させるものではなかった。次のシーズンへと、展開は持ち越されることになるのだろう。
『ブレイキング・バッド』ヴィンス・ギリガンが本領発揮 『プルリブス』の革新性に迫る
『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』のヴィンス・ギリガンによる新作ドラマ『プルリブス』がApple TVで配信スタ…本シリーズ『プルリブス』は、未知の存在が人類の人格を乗っ取った後の世界を描く、「ポストアポカリプス」というSFジャンルに分類される作品だ。主人公のキャロル・スターカは、官能ロマンス小説の作家としてファンからの賞賛を浴びる人物だった。しかし人類の間で、“ある統一された意識”がウィルスのように爆発的に感染し、ほぼ全ての人格が上書きされるという事態を経験。特異体質として自分の人格が残った彼女は、全てが完全に変わってしまった世界を生きることになる。
ここでは、そんな本シリーズのシーズン1までの内容をもとに、この意外な発想による個性的なドラマがいったい何を描こうとしているのか、そしてどのように物語が推移していくのかを考えてみたい。
※本記事では、『プルリブス』シーズン1のストーリー展開についての記述があります
本シリーズが最も特徴的なのは、人類の人格を奪った“侵略者”が、非常に礼儀正しく論理的で、優れた倫理観を持っているという点だ。“侵略者”は統一された意識を持ち、個々の人間の記憶や思考力を共有することで、圧倒的な知識を備えている。まさに人類の叡智が結集した“集合知”といえるような存在なのだ。それゆえに無駄な争いや自分勝手な行動もとらない。
そして、特異体質が原因で感染しなかった、キャロルをはじめとした“一握りの人類”に対しても、無理に手術を施して同化させようとはしないし、危害を加えようともしない。それどころか、親身になって相談に乗ろうとしたり、生活の面倒をみてくれたり、あらゆるリソースを使って、どんなわがままも聞いてくれるのである。
つまり、この“侵略者”は、少なくとも人類に比べて、はるかに高等で合理的、高潔な人格を持っているということだ。人類は乗っ取られる以前、戦争や環境破壊問題、食料問題、経済格差やマイノリティ差別など、シリアスな状況に直面していた。しかし、統一された人格が世界の主導権を握ったことで、それら全てがあっさりと解決されてしまうのである。
ドラマの視聴者のなかには、「えっ、こっちの方が良いかも……?」と、思った人も多かったのではないだろうか。筆者も、その一人だ。一人ひとりが自分の損得勘定で動き、利益のためなら犯罪をおかす人間も少なくない「人間」という種は、地球や他の生物にとっても“害”でしかない……この作品を観ていると、そのように感じてしまうのである。
キャロルは、そんな状況のなかでも孤軍奮闘し、もとの人格が残ったわずかな人々に対して、人類を復活させる道を模索しようと呼びかける。しかし、彼女のシニカルな性格による過激な言動により、残った人々の共感は得られず、“ヤバい奴”という印象を残すだけだった。そもそも人格が残った人々の多くは、新たな生活に戸惑いつつも、リスクを負ってまで積極的に以前の状態を取り戻したいとも思っていないようなのだ。
なかでも、サンバ・シュッテが演じる男性は、この状況を利用して、ラスベガスの高級ホテルのスイートルームでラグジュアリーな生活を送り、女性モデルたちを侍らせるといった、最大限に状況を楽しむ方向にシフトしている。呆れたキャロルは、いったん状況をひっくり返すことは諦め、無為な時間を過ごすようになっていく。
皮肉なのは、そんなキャロルの唯一の心の慰めになってくれるのも、また“侵略者”であるということだ。彼らのはからいにより、キャロルの小説に出てくる「女海賊」のような個体ゾーシャが選ばれ、キャロルの話し相手になってくれるのである。恋愛対象が女性であるキャロルにとって、ゾーシャは完全に“タイプ”の相手なのだ。
とはいえ、個体そのものには個別の人格が備わっているわけではないため、結局のところゾーシャもまた、一つに繋がった巨大な人格でしかない。そして、そうとは分かっていても、キャロルは彼女と話すことで寂しさを紛らわす他ないのである。これは、基本的に人間という生物は孤独に耐えられず、誰かと繋がることを欲してしまう性質を示している。知らず知らずのうちに、ゾーシャはキャロルにとって、なくてはならない存在にまでなっているのである。