『果てしなきスカーレット』細田守史上“最大スケール”の物語 戦争と復讐をめぐる集大成に
その表現のひとつとして、前作『竜とそばかすの姫』でミュージカル要素に手応えを感じた細田は、今作においても存分に活かしている。といってもそれは一曲のみだが、とても印象的なシーンとして組み込まれていた。それはスカーレットが復讐の旅の中で見た夢として、2034年の渋谷でダンスをするシーンだ。ちなみに実際の渋谷未来図がモデルになっている。唐突に入れた表現に思えるかもしれないが、そもそもミュージカルというものが、どんな機能をもたらすかということを改めて考えると、その答えは出るのではないだろうか。
映画というのは、社会を映し出す鏡であるのと同時に、それを理想的な形で映し返すものでもある。もちろんその逆に容赦なく現実を描き出す作品もあるが……。何が言いたいかというと、現実逃避の側面もありながら、抑圧された社会への思いを発散、問題提起の手段としてミュージカル表現が大きく機能することもある。
例えば軍事政権下のアルゼンチンを舞台にした『蜘蛛女のキス』(2025年)や芸術家たちの貧困やHIVの不安や恐怖を描いた『tick, tick... BOOM!:チック、チック…ブーン!』(2021年)や『RENT/レント』(2005年)、あるいはハッピーな印象の強い『ヘアスプレー』(2007年)であっても公民権運動が背景にある。
抑圧された社会のなかで、普段は声に出すことができない想いのメタファーとして、歌とダンスで表現しているのだ。つまり非現実的でありながら社会と密接にリンクしているのだ。ヒップホップやワッキングなどのルーツを辿ってみても、そういった部分に行き着くことになる。
スカーレットの争いのない世界に“生きたい”という想いが、ミュージカルとして表現されていたと考えれば、いかに必要不可欠なシーンであったかが理解できるはずだ。
時代や国が違えば良かったのかもしれないが、そんなところに生まれてきてしまったのだからどうしようもできない。しかし今からでも何かを変えることはできるかもしれない。国が、世界が変われば新たな悲劇に苦しむ者を無くせるかもしれない。復讐心に捉われていたスカーレットが、そんなマインドに変化していく様子そのものに平和的メッセージが組み込まれているのだ。
デザイン的な側面からも今作では大きな変化があった。作画監督は、細田作品の片腕ともいえる山下高明が引き続き務めているため、毎度お馴染み、シャープな線で表現されたキャラクターデザインとなっているが、『竜とそばかすの姫』に続き、『ズートピア』(2016年)や『ベイマックス』(2014年)などのディズニー作品を多く手掛けてきたジン・キムが加わっている。前回はCGデザインを手掛けていたが、今作ではキャラクターデザインを担当。実際にスカーレットのデザイン画を見ると、『アナと雪の女王』(2013年)のアナに近いものを感じる。
そしてさらに『コララインとボタンの魔女』(2009年)のコンセプト・アートを手掛けた日本人アーティストということで話題になり、ジンと同じくディズニー作品に多く参加したのち、近年は『ポケモンコンシェルジュ』や『メタリックルージュ』なども手掛けたイラストレーターの上杉忠弘もキャラクターデザインに参加したことで、ディズニーテイストな日本アニメ映画味もありながら、確実に細田守の世界観が強く反映された独特のものとして完成させている。
■公開情報
『果てしなきスカーレット』
全国公開中
出演:芦田愛菜、岡田将生、山路和弘、柄本時生、青木崇高、染谷将太、白山乃愛、白石加代子、吉田鋼太郎、斉藤由貴、松重豊、市村正親、役所広司
監督:細田守
配給:東宝、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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