『雲のむこう、約束の場所』観ずして新海誠は語れない “国民作家”以前の魅力が凝縮

 『雲のむこう』における浩紀も、世界中のすべての人間よりも、佐由里ただひとりを選ぶ。その行動は、世界目線で見れば100%間違っているが、恋するひとりの人間として見れば、100%正しい(※筆者個人の見解です)。

 ただ通底するテーマは同じだが、『天気の子』と本作では、大きく雰囲気が異なる。プロデューサーの川村元気、キャラクターデザインの田中将賀、音楽のRADWIMPSらが参加しているか否かの違いは大きい。彼らが参加してから、新海誠作品は別人が作ったかのように明るくなった。そして、新海誠は国民的アニメ監督となる。もちろん、それ以前の線の細い体温の低そうなキャラたちも、天門が奏でる物悲しくも美しい音楽も、みな素晴らしかった。初期作の世界観には、ピッタリと合致していた。

 モノローグの多寡も、大きな違いのひとつだ。初期作の最大の特徴でもある、繊細で内向的なモノローグ。本作の主人公=モノローグ担当は、吉岡秀隆だ。吉岡秀隆と言えば『北の国から』シリーズの純くんであり、『北の国から』と言えば純くんの「~なわけで」のモノローグである。20年以上に渡って繊細なモノローグを語ってきた彼は、言わばモノローグの達人である。初期新海誠作品との相性が、悪いわけがない。

 実は、決定的に大きな違いが厳然とあるのだが、そこは今回のテレビ放送で確認してほしい。ヒントは、ネガティブ期とポジティブ期の違いだ。「なぜそうなったのか」については、映画本編では描かれない。「まー、いろいろあったんだろうな」という想像をめぐらせるしかない。本作には、加納新太(小説家。『君の名は。』には、脚本協力として参加)によるノベライズ版が存在する。そこには、「なぜそうなったのか」について、詳細に描かれている。ただこの小説は新海誠本人によるものではないので、公式の見解とは言い切れない。

 本作と『天気の子』を続けて鑑賞し、15年の間に新海誠にどのような変化があったのかを、感じてみてほしい。ひとりの人間の歴史が見えるはずだ。

■放送情報
『雲のむこう、約束の場所』
フジテレビにて、11月7日(金)24:45~26:35放送 ※関東ローカル
原作・脚本・監督:新海誠
©︎Makoto Shinkai CoMix Wave Films

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