『秒速5センチメートル』から『君の名は。』へ 新海誠のキャリアをつなぐ『言の葉の庭』
『君の名は。』へ
本作には、新海誠本人の筆による小説版がある。『秒速5センチメートル』のときもそうだったが、新海誠本人が小説版を書いている作品は、映画とセットで読むことをすすめる。映画には描かれなかった、あるいは映画からは読み取れなかった、各人物の心象をすくい上げているからだ。映画におけるモノローグと同じく、小説版は登場人物の一人称で綴られる。章ごとに一人称の主役は変わる。孝雄や雪野がメインではあるが、映画では少ししか登場しない人物、孝雄の兄や母親が主役の章もある。そして驚くことに、雪野を救わなかった元・恋人の伊藤や、雪野を追い込んだ張本人である相沢(小説版では相澤)の独白まで存在する。
映画だけを観れば、伊藤はただの冷たい男だし、相沢に至っては、個人的には語りたくもないぐらいの悪役だ。しかし小説には、彼や彼女の立場からの、行動原理や後悔や贖罪の気持ちが綴られている。本当は、心の底からの悪人はひとりもいない。少なくともこの作品の世界においては。新海誠は、自らが生みだしたすべてのキャラクターを、愛しているのだなと思う。思えば、伊藤と相沢がいなければ、孝雄と雪野の出会いもなかったわけだから。
そんな、実は優しい世界だからこそ、雪野は再び自分の足で歩きだせたのだろう。孝雄を傷つけてしまい、彼が離れていってしまいそうなときは、歩くどころか走り出してさえいる。裸足で。結局、孝雄の空回りがちなまっすぐさが、雪野を救ったのだと言える。
晴れやかな気持ちで鑑賞を終えられる、初めての新海誠作品だ。ここから3年後の『君の名は。』では、この間に新海誠に何があったのかと思うぐらいに作風が明るくなる。最後の繊細作品でありながら、最初の希望的作品でもある本作を、今もう一度観てほしい。エンディングで、秦基博の歌う「Rain」(大江千里の名曲のカバー)が流れる頃には、雨上がりの青空のような気持ちになっているはずだ。
■放送情報
『言の葉の庭』
フジテレビにて、10月31日(金)24:45~25:45放送 ※関東ローカル
原作・脚本・監督:新海誠
©︎Makoto Shinkai CoMix Wave Films