松たか子のことを考え続けた3カ月間 『しあわせな結婚』が提示した“結婚の幸福”

『しあわせな結婚』が提示した“結婚の幸福”

 しかし一方で、死と向き合うタイミングを逃していたようにも見えた。故人について語り合うことで、人はゆっくりと死を受け入れていく。だが、レオを産んですぐに亡くなった母、そしてネルラが海へ連れて行ったことで帰らぬ人となった五守。レオやネルラの心を守りたい一心で、母や五守のことを話題にするのは少々難しい時期があったのではないかと想像する。

 さらに、ネルラのもとには、布施の死という別の死が降りかかる。しかも、彼女が布施の絵を真似て描いたことが悲劇の始まりだった。画家としてのプライドも才能も枯らせた布施は、ネルラと無理心中を試みる。レオはネルラを助けようと夢中で燭台を振り下ろし、考が事故に偽装した。ネルラは記憶を、レオは罪の意識を、考は事件そのものを消し、またしても死と向き合う機会を失って15年が過ぎた。

 そんなとき、出会ったのが幸太郎だった。ネルラが乗る、締まりかけていたエレベーターに幸太郎が滑り込むことで2人は知り合う。それは、幸太郎が死にかけるほどの窮地に陥ったにも関わらず、誰も本気で悲しんでくれないのではないかという失望を抱いていたタイミングでもあった。

 死と向き合うことへの絶望が2人を引き合わせ、エレベーターの扉が開いたのだとしたら。そして、ネルラが向き合いきれなかった死を、2人で見送るための物語だとしたら……。本作『しあわせな結婚』は、死の体験を通じて「本当のさいわい(幸い)」を探す『銀河鉄道の夜』と共鳴しているように感じた。

 この結婚で、幸太郎は多くを失った。積み上げてきたキャリアを失い、一時期は大切な事務所を手放すところまで追い詰められた。傍から見れば犠牲ばかりの結婚だ。それでも幸太郎は「もう一回結婚しよう。離婚したくなったらまた離婚すればいい。また追いかけて結婚しようって言うから」とネルラにプロポーズする。

 どんなに困難な災いも、到底受け入れられない死や、背負わなければならない罪も、全部引き受けるという決意。それは、個人主義が浸透した現代にとっては、何のメリットもない自己犠牲に思えるかもしれない。だが、それでもネルラと一緒に生きられることが、幸太郎にとっての「本当のさいわい」であり、「しあわせな結婚」。

 かつて、布施に「なんで私が死ななきゃならないの?」と伝えたネルラ。彼女にとって、死は蓋をする闇の象徴でしかなかった。しかし、幸太郎とともに死を見送ることで、「Quando moriremo saremo insieme(死ぬときは一緒よ)」という言葉が、愛の光へと変わったのだろう。

 自分の人生を差し出してでも「これでよかった」と思える選択ができたら……。それが、紙切れひとつで他人同士が家族となる、世にもミステリアスな「結婚」というつながりの中で見つけられたのなら、これほど幸福なことはない。

『しあわせな結婚』の画像

木曜ドラマ『しあわせな結婚』

大石静が脚本を手がける、夫婦の愛を問う“完全オリジナルホームドラマ”であり、令和の“マリッジ・サスペンス”。主演を務める阿部サダヲと松たか子は、10年ぶりに夫婦役を演じる。

■配信情報
木曜ドラマ『しあわせな結婚』
TVer、TELASAにて配信中
出演:阿部サダヲ、松たか子、板垣李光人、段田安則、岡部たかし、玉置玲央、金田哲、馬場徹、辻凪子、堀内敬子、小松和重、杉野遥亮
脚本:大石静
監督:黒崎博、星野和成、楢木野礼
ゼネラルプロデューサー:中川慎子(テレビ朝日)
プロデューサー:田中真由子(テレビ朝日)、山形亮介(テレビ朝日)、森田美桜(AOI Pro.)、大古場栄一(AOI Pro.)
音楽:世武裕子
主題歌:Oasis「Don’t Look Back In Anger」(Sony Music Labels Inc.)
制作協力:AOI Pro.
制作著作:テレビ朝日
©テレビ朝日
公式サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/shiawasena-kekkon/
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