『あんぱん』で語られたアンパンマンのルーツ 正義のための“自分も傷つく覚悟”とは

『あんぱん』で語られたアンパンマンのルーツ

「いつの日か……飛べ、アンパンマン」

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』の放送も残り3週。9月8日に放送された第116話では、ついに「アンパンマン」というワードが飛び出した。

 戦争を経験した人たちの心のトゲを抜くために、あんぱんを配る太ったおじさんの物語を再び描き始めた嵩(北村匠海)。満を持して“アンパンマン”と名付けられた主人公は、お腹をすかせた人たちにパンを届けるために空を飛び回る。これは、私たちがよく知るストーリーだ。

 しかし、舞台は戦場。さらにラストでアンパンマンは、国境を越えた先で敵と間違われて撃ち落とされてしまう。実際に、雑誌『PHP』の1969年10月号に初めて掲載されたときにはこのストーリーだった。決して死にはしないそうだが、物悲しさは残る。

 のぶ(今田美桜)も「ええことしゆうのに、何で撃ち落とされてしまうが?」と疑問を投げかけた。それに対する嵩のアンサーは、正義を行うには自分も傷つく覚悟が必要だから。なるほど。その正義の代償が、のちにお腹をすかせた人たちに自分の顔を他者に分け与え、その結果としてエネルギーを失うというアンパンマンの設定に変わるわけだ。

 嵩はアンパンマンの物語を描き進める一方、手嶌治虫(眞栄田郷敦)に依頼された映画『千夜一夜物語』のキャラクターデザインの仕事も佳境に入っていた。締め切りが迫る中でも一切の妥協を許さず、寝食も忘れて仕事に没頭する手嶌の姿を目の当たりにして、嵩は「やっぱり僕は手嶌治虫にはなれないな」と実感する。手嶌のその原動力もまた、嵩と同じく反戦への思いだった。

 過酷な作業がひと段落つき、のぶが点てたお茶を飲むために嵩の家を訪れた手嶌は、そこで自身の戦争体験を語る。学徒動員で大阪の飛行機工場に配属された手嶌は大阪空襲の日、B-29爆撃機による焼夷弾投下を監視塔の上で体験した。九死に一生を得るも、黒焦げの遺体やどす黒く燃えた空を目の当たりにしたその日を「世界の終わりのようでした」と振り返る。

 そんな悲惨な戦争を招いた一つの原因が、戦意高揚のためのプロパガンダ映画だ。「映画は観た人の人生観が変わるほど、とびっきり面白いものであるべきなんです。僕は、戦意高揚のための映画なんて、もう二度と見たくない」と語った手嶌は、良くも悪くも人々の人生観に影響を与えるアーティストとしての責任感を誰よりも強く持っている。

 一方で、嵩は反戦への強い思いから“ひっくり返らない正義”を追求してきた。その象徴が、敵味方関係なくお腹をすかせた人にパンを配るアンパンマン。構想の背景にあるのは戦地での飢餓体験だ。従軍していた中国で空腹に耐えかね、民家に押し入った嵩たち。家主の老女は敵であるはずの嵩たちに貴重な卵を分け与えてくれた。

 のぶは嵩が飢えに苦しんだことは知っているけれど、自ら積極的に戦争の話を嵩から聞くことはない。戦争体験者の中には心の深い傷を負い、記憶に蓋を閉じてしまう人もいる。それでも、だからこそ、戦争体験者の声を集めて後世に繋ぐことを決意した蘭子(河合優実)。残り3週は、各々が二度と悲惨な戦争を起こさないために、自分にできることを全うしていく物語になるのではないだろうか。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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