『もののけ姫』で石田ゆり子が表現する野性とやさしさ サンが象徴する“揺らぎ”という主題

石田ゆり子が声で示した『もののけ姫』の主題

 8月29日、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて宮﨑駿監督によるスタジオジブリ作品『もののけ姫』が放送される。本作のヒロインであるサン役を務める石田ゆり子は、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)やNHK連続テレビ小説『虎に翼』にも出演した名女優として知られる人物だ。

 石田が時に気高く、時にやさしく演じるサンは、非常に多面的なキャラクターだといえる。サンは人間に捨てられ、山犬であるモロの君によって育てられた。森を荒らされたことがきっかけで人間を憎んでおり、作中でも「人間は嫌い」という言葉を口にしている。サンは人間たちから“もののけ姫”と呼ばれ、タタラ場を襲撃する。

 サンは強く、鋭い眼差しはまるで獣のよう。モロの君をはじめとした山犬を率いており、川辺で初めてアシタカと出会うシーンでは、怪我を負ったモロの君の傷口からためらうことなく血を吸い取って吐き出す。口元が血で真っ赤に染まったサンの動物的な佇まいが鮮烈だ。

 タタラ場で繰り広げられたエボシ御前との一騎打ちでは、負けず劣らずの戦いを見せる。また、腹を撃たれ負傷したアシタカが目を覚ましたとき、サンは干し肉を自分で嚙み砕いた後、口移しで彼に食べさせた。

 一方で、サンはまだ15歳の子どもである。もののけ姫と呼ばれる強さの中に垣間見えるのは、彼女が持っている少女の一面だ。たとえば、敵意を見せるサンがアシタカを殺そうとした直前に「そなたは美しい」と言われ、目を見開いて動揺するシーン。

 サンは自らを山犬だと信じており、人間の姿が醜いと感じているからこそ、そんな自分を「美しい」と肯定されたことに驚き、動揺したのだろう。だが、「美しい」という言葉にこれほど反応してしまったのは、彼女の中に少女の心が存在するからではないだろうか。

 また、ヤックルに「おいで。仲直りしよう」と言うシーンには、そこらへんの人間には決して見せることのないやさしさが滲んでいる。「仲直りしよう」というセリフも、子どもがケンカした後のような言葉選びだ。アシタカの横で体を丸めて眠るサンの寝顔にも、純粋無垢なあどけなさがある。

 戦闘で、強者であるエボシ御前と渡り合う身体能力を発揮し、山犬に乗って森を駆ける姿が勇ましいサン。凛々しい振る舞いに忘れてしまいそうになるが、彼女は15歳という若さだ。サンの野性的な行動と時折見せる少女らしさは、相反するようで共存しており、彼女の唯一無二の魅力になっている。最初はアシタカに対して敵意を向けていたサンが、次第に心を開いていく過程も見どころだ。

 そんなサンは、物語が進むにつれて人間と荒ぶる神々の間で心が揺れ動く。さらに、自分では山犬だと思っているが体は人間という歪さもあり、サンはどちらか一方に定まらないような“狭間”で生きるキャラクターだといえるだろう。

 ここで、『もののけ姫』のテーマに注目したい。本作は、さまざまなテーマが重層的に絡み合った作品だ。そのなかでも軸となっているのは、人間と自然の“対立”と“共生”だろう。タタラ場の住人は、森を切り拓いて鉄をつくる。森で暮らす動物たちや神々は、生き残ろうとして破壊に対抗する。

 ただ、人間と自然のどちらが正しいとは言い切れず、それぞれに正義がある。自然を壊すうえにサンと対立し、一見すると悪者のように見えるエボシ御前。だが、彼女は女性や病人を守る慈悲深い一面も兼ね備えている。エボシ御前はサンにとっては憎い相手だが、タタラ場の住人からすると頼れるリーダーなのだ。

 『もののけ姫』のテーマである人間と自然の対立は、見る視点によって正義と悪が変わる。その複雑さが、本作の奥深さに繋がっているのだ。そして、正義と悪の“揺らぎ”は、『もののけ姫』のもうひとつの大きなテーマだといえる。

 本作が物語を通して描くはっきりと二分できない“曖昧さ”は、サンというキャラクターをよく表しているように思う。加えて、人間と山犬の狭間で生きるとともに、人間と神々の間で心が揺れ動くサンは、人間と自然の要素が共存している。『もののけ姫』という作品のテーマ性を体現する人物。それこそが、サンなのではないだろうか。

■放送情報
『もののけ姫』
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、8月29日(金)21:00~23:49放送
※放送枠55分拡大 ※ノーカット
声の出演:松田洋治、石田ゆり子、田中裕子、小林薫、森光子、美輪明宏、森繁久彌ほか
原作・脚本・監督:宮﨑駿
音楽:久石譲
主題歌:米良美一
©1997 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, ND

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