やなせたかしとサンリオの“縁”とは? 『あんぱん』が描く戦争体験から創作への道のり

やなせたかしとサンリオの“縁”とは?

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、国民的ヒーロー・アンパンマンを生んだやなせたかしの人生を描く作品だ。戦争体験から創作活動へと続く道のりを、史実とフィクションを織り交ぜながら丁寧に紡いでいる。物語の中で鍵を握る人物の一人が、妻夫木聡演じる八木信之介だ。

 嵩(北村匠海)が従軍する小倉連隊で登場する八木は、初対面から「姿勢を正せ!」と厳しく叱責する上等兵として描かれる。一見すると威圧的で、軍隊という閉鎖的な空気を象徴する人物のように映るが、やがて嵩を守り、支える役割を果たしていく。実際、やなせの自伝には「リンチの嵐」から救ってくれた上等兵の存在が記されている。『あんぱん』がその体験を踏まえて八木という人物を造形していることは明らかだ。そして興味深いのは、八木信之介が二人の実在人物をモデルにしているのではないかという点である。一人は戦時中の恩人・新屋敷上等兵。そしてもう一人は、戦後にやなせを支えた株式会社サンリオの創業者・辻信太郎である。八木は、やなせにとっての支えとなる人であり、同時に彼の人生を通して息づいてきたやさしさを象徴する存在でもある。

 やなせの創作哲学は、過酷な戦争体験と深い喪失感から生まれた。徴兵され中国大陸に渡った彼は、理不尽な命令や暴力、空腹に耐える日々を送り、正義という言葉の虚構を身をもって味わった。終戦後に帰国すると、弟が特攻隊で戦死していたことを知る。届いた骨壺には遺骨ではなく木片が入っていたという。深刻な飢えの記憶と、弟を失った喪失感は、やなせにとって生涯消えることのない痛みとなった。

 やなせがたどり着いたのは、「究極の正義とは、飢えている人に食べ物を与えること」というシンプルで力強い考え方だった。アンパンマンが自分の顔を分け与えて弱ってしまう姿は、従軍中に味わった飢えや、命の危うさを直接の原点としている。彼が生涯語り続けた“正義”の意味は、過酷な戦争体験の中から生まれ、だからこそ揺るがない普遍性を持ち続けていたのだ。

 一方、サンリオの創業者である辻もまた、戦争を起点に自身の哲学を形作った人物である。1927年、山梨県甲府市の旧家に生まれた辻は、兵役こそ免れたが、甲府空襲で生家を失う。直接戦場に立たなかった代わりに、空襲の理不尽さと喪失を体験した。その痛みを抱えながら文学に心を寄せ、「みんななかよく」という理念を掲げて企業を立ち上げた。サンリオが世界に広めた“KAWAII”文化は、ただのかわいさではなく、戦争で生まれた痛みをやさしく包み込み、癒しへと変えていく平和の思いを込めたものだった。

 二人が出会ったのは1960年代半ば。銀座で開かれた展覧会でやなせの作品に出会った辻は、その感性に惹かれ、出版経験のない自社からやなせの詩集『愛する歌』を刊行する。ビジネス的には無謀な挑戦だったが、この非合理な決断がサンリオの文化事業の出発点となった。続いて刊行された雑誌『詩とメルヘン』では、やなせが編集から経理まで一手に担い、読者の投稿すべてに目を通した。「悲しい時に読む詩があっていい」と語りながら、困っている人に寄り添う場を提供したのだ。

 誌面では辻が「いちごの王さま」、やなせが「いねむりおじさん」として登場し、読者と交流した。二人のやりとりは素朴で温かく、サンリオのブランド哲学の基盤となった。戦争の影を抱えた二人が、文学やアートを通じて「心を癒す」という共通の目標に向かって歩んだことは、やなせのアンパンマン哲学とも重なっているように思う。

 やなせのアンパンマンと、辻のサンリオ。形は違っても、その根っこにあるのは戦争の記憶から生まれた「人の心に寄り添う」という思いだ。辻は晩年まで反戦を語り続け、やなせは震災のあとも子どもたちのために作品を届け続けた。フィクションとして描かれた八木の姿は、その象徴と言えるだろう。戦場で守り、戦後に導く存在として描かれることで、やなせと辻が抱いた思いが同じ源流からつながっていたことが浮かび上がってくる。戦争の痛みから生まれた「やさしさ」は、いまも文化の土台として息づき、私たちの心を静かに支えてくれているのだ。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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