『べらぼう』井之脇海が表現する“絶望”の先にあるもの あまりに切ない新之助とふくの物語

『べらぼう』切ない新之助とふくの物語

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の第31回「我が名は天」で江戸に大洪水を引き起こした利根川の決壊。深川の長屋で慎ましく暮らす新之助(井之脇海)とふく(小野花梨)、そして生まれたばかりのとよ坊に思いもよらない悲劇が降りかかるそのきっかけになるとは、誰が予想できただろう。

 井之脇海演じる小田新之助は、御家人の三男坊として生まれ、浪人だった。平賀源内(安田顕)と炭売りをしていたときに、蔦屋重三郎こと蔦重(横浜流星)と新之助は出会っている。実直で真面目な新之助は、多才で異端の人・源内の多岐にわたる活動を手伝い、蔦重の案内で源内と訪れた吉原で松葉屋の女郎・うつせみだったふくに一目惚れ。誠実な新之助は一途にうつせみを想い続けるが、お金がなくてうつせみを呼ぶ玉代を彼女に出してもらうなど、とても優しいけれど、少しだけ情けなさも漂わせていた。

 純粋すぎる2人、新之助と女郎・うつせみだったふくが無謀にも、2回も足抜けに挑戦したときはSNSでも大きな話題となった。1回目の足抜けはあっさりと捕まってしまい、2人とも痛い目に遭い、引き裂かれた。2回目の足抜けは、1カ月も盛大に行われた吉原の「俄」の祭りの最終日のこと。

 花笠をかぶって踊る人の波に紛れて再会した新之助とうつせみの驚いた様子を見かけた姉御肌の花魁・松の井(久保田紗友)に「祭りに神隠しはつきものでござんす。お幸せに」と花笠を渡され、背中を押されたうつせみが一歩踏み出し、新之助と手を取り合い、大門をくぐって姿を消したのだった。

 「俄」の祭りが華やかで、あまりにも賑やかだったから、新之助とうつせみの再会も、吉原から去っていく姿も夢のように儚げで、美しく、このまま逃げおおせて吉原を出て幸せに生きていくことができるのか……。吉原の世界は過酷で、1日も早く抜け出せるのであれば抜け出してほしいと思う一方で、現実の世もまた厳しいのは確かなこと。

 新之助は平賀源内の伝手を頼り、ふくと浅間山の近くで百姓として暮らした。浅間山噴火の影響で流民となり、日本橋で店を構えるようになった蔦重を訪ね、江戸に戻る道を選んだ。

 『NHK大河ドラマ・ガイド「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~前編」(NHK出版)の井之脇海インタビューのページに「物語の前半はちょっと情けない姿をお見せしますが、後半では違う一面をお見せできそう。脚本の森下佳子さんにも『かっこよく活躍するから!』と言われているので、今から楽しみにしています」とある。

 確かに、源内の手伝いをしたり、蔦重の本作りをサポートしていた頃よりも、ふくと困難を乗り越えてきたせいか、百姓として働いていた後の新之助は、地に足がついて落ち着いた男に成長した様子も伺える。

 ただ、危険な足抜けを覚悟して、苦労してどうにか2人で生き抜くことができたというのに、ふくに乳をもらいに来ていた近所の家で、あの家には米があるのかもしれないという話になり、盗みに入られて争った挙句、ふくととよ坊は死んでしまった。

 なぜ苦労を重ねても、優しさを失わなかったふくが殺されなければならなかったのか。なんの罪もないとよ坊まで巻き込まれなければならないのか。最愛の2人を失った新之助が、その愛する2人を殺した男を見て「この者は俺ではないか」「俺はどこの何に向かって怒ればいいのだ」という悲痛な叫びは多くの人の心に響いたはずだ。

 蔦重が新之助たち家族を気遣い、米を差し入れたり、新之助に筆耕の仕事を依頼していたことや、「困ったときはお互いさま」と自分の身を削るように近所の赤ちゃんにも乳をあげていた聖母のような慈悲深いふくの優しさが、悲劇を招いたと考えるのは、あまりにも悲しい。

 第32回「新之助の義」は貧しい者、弱い立場の人が虐げられる世の中に対する怒り、新之助がふくの死とどう向き合うのかが描かれるようだ。映画、ドラマに引っ張りだこで、とくに森下脚本の作品に数多く出演し、素晴らしい演技を見せてくれる井之脇海。本作の新之助もオリジナルのキャラクターで、時代に翻弄されながらも愛する人と懸命に生きてきたまっすぐで愛情深い役柄が強い印象を残している。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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