“個人制作アニメーション”に眠る可能性 『無名の人生』『音楽』『JUNK HEAD』の凄さ

 2021年に公開された『JUNK HEAD』も、堀貴秀監督による狂気のストップモーションアニメだ。それまで映像制作の経験がなかった堀監督は、手探り状態でコマ撮りをスタート。フィギュアの制作からセット・デザイン、脚本・編集・撮影までをほぼひとりで手掛け、7年を費やして異形のダークSFを創り上げた。

『JUNK WORLD』©YAMIKEN

 2025年の6月13日からは、三部作構想の2作目に当たる『JUNK WORLD』が公開される。クラウドファンニングのサイトで堀監督は、「『JUNK HEAD』制作は最初一人でスタートして、途中からスタッフが参加していますが数日のアルバイトを入れても12人という少人数で平均すると3〜4人程でした。しかし今回は初期段階から5人程でスタート出来ていて、今度はセリフや音関係は外注にしようと思っているので前作のような苦労はない予定です」(※6)と記しているから、個人制作の濃度は多少薄まっている様子。とはいえ、前作と同様に主要パートは堀監督が一手に引き受け、完成までに3年の歳月を費やした。

 実写とは異なり、アニメーションは作り手が創造したものだけが映し出される。隅々まで制御された、完全にコントロールされた世界。今や国民的映画作家である新海誠も、最初はたったひとりでアニメーション制作に取り組んでいた。短編映画『彼女と彼女の猫』は、Photoshopで描いた絵をAfter Effectsで合成して作られている。そして、『秒速5センチメートル』、『言の葉の庭 』といった作品を経て、『君の名は。』で250.3億円を超える大ヒットを飛ばしたのである。

 思えば、2025年のアカデミー長編アニメ映画賞に輝いた『Flow』のギンツ・ジルバロディス監督も、個人でアニメ制作を始めたクリエイターのひとり。弱冠16歳で短編『Rush』を完成させ、25歳のときに発表した『Away』でアヌシー国際アニメーション映画祭でコントルシャン賞を受賞。そして、『インサイド・ヘッド2』、『野生の島のロズ』、『ウォレスとグルミット 仕返しなんてコワくない!』といったメジャー作を蹴散らし、祖国ラトビアに初めてのオスカーをもたらしたのである。

 「僕は内気で自信もなかったので、大きなチームで仕事をしたり人に指示を出したりするのは、向いていない気がしていた。でもアニメーション映画なら、 自分ひとりで、自分のペースで、好きなように作れると知ったんだ」(※7)とギンツ・ジルバロディス監督が語る通り、アニメならば他の誰かに気兼ねすることなく、自分のクリエイティブを思い切り発揮できる。彼の作品にいっさいのセリフがないのは、アフレコという他者との共同作業を回避できるからだ(新海誠も『彼女と彼女の猫』の声を自らアテレコしていた)。そしてこれは『無名の人生』や『JUNK HEAD』も同様なのだが、音楽も監督によって作曲されている。どこまでも俺ismだ。

 アプリケーションの発達によって、デスクトップによる個人アニメ制作は、ますます敷居の低いものになっている。今後は生成AIを使って、アフレコ作業をクリエイターが制作するケースも増えていくことだろう(その歩みは、ボカロPの歴史と通じるものがある)。世界のアニメ市場規模はますます広がっていく。そして、その礎には個人制作のアニメーションがある。その歴史をこれから見守っていくことは、とてもスリリングなことだ。稀有な才能は、まだきっとたくさん眠っている。

参照
※1. https://www.researchnester.jp/industry-analysis/anime-market/10
※2. https://aja.gr.jp/download/anime-industry-report-2024-summary_jp
※3. https://www.eiren.org/toukei/
※4. https://camp-fire.jp/projects/643089/view
※5. https://natalie.mu/eiga/news/623089
※6. https://www.yamiken.com/junk-world

■公開情報
『無名の人生』
新宿武蔵野館ほか全国順次公開中
声の出演:ACE COOL、田中偉登、宇野祥平、猫背椿、鄭玲美、鎌滝恵利、西野諒太郎(シンクロニシティ)、中島歩、毎熊克哉、大橋未歩、津田寛治
監督・原案・作画監督・美術監督・撮影監督・色彩設計・キャラクターデザイン・音楽・編集:鈴木竜也
プロデューサー:岩井澤健治
配給:ロックンロール・マウンテン
配給協力:インターフィルム
2024年/日本/カラー/93分/2.35:1/5.1ch/DCP
©鈴木竜也
公式サイト:https://mumei-no-jinsei.jp

関連記事