『あんぱん』が戦後80年のいま作られた意義 “愛国の鑑”のぶの葛藤と蘭子の怒りと悲しみ

 豪の戦死の報せで幕を開けることとなった『あんぱん』(NHK総合)第38話。

 のぶが帰宅すると、時間が止まったような静けさが家全体を包んでいた。蘭子(河合優実)は呆然と斜め上を見上げ、釜次(吉田鋼太郎)も俯いたまま。沈黙を破る羽多子(江口のりこ)の「豪ちゃん(細田佳央太)が戦死したがよ」という一言を皮切りに、メイコ(原菜乃華)の嗚咽が家の中に響く。遺体も無ければ、遺品もない。兵事係から届けられた1枚の薄い紙だけで、家族の死が通達される。信じられなくても、信じなければならない。言いようもない悲痛さが伝わってくる。のぶ(今田美桜)の瞳にもじわりと涙が浮かぶ。

 戦死を受け止めるための術は、お国のために戦って死んだ豪は立派だと思い込むこと。天宝和尚(斉藤暁)と桂万平(小倉蒼蛙)は、“愛国の鑑”であるのぶに賛同を求める。すがるような声色には、のぶを拠り所にするような感情が感じられた。のぶは絞り出すように「豪ちゃんはお国のために立派にご奉公したがです」と口にするも、その瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 満期除隊の帰りを待っていたときのように、作業場で豪の法被に手を合わせて話しかける蘭子。そんな蘭子を見つめる屋村(阿部サダヲ)とのぶ。出征前の豪から誰よりも早く蘭子への恋心を聞き、死ぬなと言い続けた屋村。お国のために死ねて本当に喜んでいるのか、立派と言われて喜んでいるのかと、のぶに問いかける声にはどこか怒りの感情が感じられる。その怒りの矛先は、忠君愛国を教えるのぶへ。何一つ嬉しくない“愛国の先生”という言葉が、闇夜に溶けていく。屋村からの嫌味にブレることなくまっすぐ前を向けることはのぶの心の強さであるが、同時に忠君愛国を教える教師でいなければならないのぶの立場は苦しい。

 朝田家では豪のお通夜が行われる。「英雄になられた」「ご立派に本望を遂げられた」「立派でした」、挙げ句の果てに無垢な子どもたちの「いつか兵隊さんになってお国のために立派にご奉公したいです」という言葉。弔問の言葉が、蘭子を追い詰めていく。席を外し、裏庭へと逃げる蘭子。しかし、そんな蘭子を追いかけるようにある暑い夏の記憶が蘇る。石を打ち、汗を拭う豪の後ろ姿、身体を支えながら壊れた鼻緒を直してくれた丁寧な手つき。互いの恋が実る前の色鮮やかな思い出だ。どこに行っても豪との思い出がある。もう帰ってこない愛する人との思い出が。

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