『べらぼう』が描く“100年先の思い”は視聴者にも響く 鱗形屋が蔦重に感じた“誇り”
歩む道は分かれてしまったけれど、心の底ではずっと本作りを愛する同志だった蔦重と鱗形屋。そうはわかっていても、自身の状況や周囲の環境の変化で寄り添えなくなってしまう場合もある。しかし、またこうして素直に話すことができた。「俺のことは気にせず上手く立ち回ってくだせぇよ」という頼もしい言葉をかける蔦重に、鱗形屋も今は憎さではなく誇らしさすらを感じていたに違いない。
そんな蔦重に持っていてほしいと、鱗形屋が差し出したのは古い版木。それが、偶然にも蔦重の初めて買った本『塩売文太物語』の版木であるとわかると、蔦重の目からはとめどなく涙がこぼれる。この本は、幼い蔦重の手から花の井/瀬川(小芝風花)のもとに渡り、そして彼女が身請け先にも持っていった大切なものであることを私たちは知っている。苦難の末に運命の相手と結ばれる、そんな物語に何度も何度も励まされていた瀬川の過酷な状況と切ない恋心を。そして、蔦重の夢を叶えるために本ごと、その想いを置いていったことも。
「こんなお宝ねぇです」という蔦重の涙に、「うちの本読んだガキが本屋になるって、びっくりがしゃっくりすらぁ」と鱗形屋も泣き笑い。鱗形屋から受け取った置き土産とは、恋川春町との縁、思いの詰まった版木、そして、改めてこの道を極める覚悟のすべてだった。
時を同じくして江戸城でも、熱い言葉とともに覚悟をともにする2人がいた。それは、10代将軍・徳川家治(眞島秀和)と田沼意次(渡辺謙)。家治もまた鱗形屋と同様、苦渋の決断をしなければならない立場にあった。それが一橋治済(生田斗真)が裏で引く策略であったとわかっていても、だ。
「血筋は譲ろう、しかし知恵は、考えは譲りたくない」と。それは、自分の血を引く実子を諦めてでも、意次とともに目指すこの国の繁栄を諦めたくないという思い。凡庸な将軍と言われても、後の世に「今日の繁栄には欠かすことのできない田沼主殿頭を守った」と評価されたい。その言葉を聞いた意次がむせび泣く場面は、2人の熱い主従関係に心が奮えるのと同時に、それこそ100年先をも見据えて動いていた国のトップの言葉として胸に迫るものがあった。
私たちの人生は儚い。「かぼちゃ」の愛称で慕われた大文字屋(伊藤淳史)があっという間に逝ってしまったように。そんな儚い命がつながって100年後の世界はやってくる。実際に見ることのできない未来を夢見ることで、今自分がどう生きるかを考えることができることを気づかせてくれる回だった。この『べらぼう』の世界から200年以上経つ現在を生きる私たちはどうだろうか。エンタメも、政治も、100年先を思い描く余裕がもしなくなっていたとしたら、彼らに「べらぼうめ」と笑われてしまいそうだ。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK