『べらぼう』が描く“100年先の思い”は視聴者にも響く 鱗形屋が蔦重に感じた“誇り”
ライバルとは、なんとほろ苦い関係性だろうか。あいつを出し抜きたい、こいつにだけは負けたくない⋯⋯そう意識するほど相手の実力を認めているという証なのだから。いざ手を組むとなったときにこれほど心強い相手はいない。
NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第19回「鱗の置き土産」。そのタイトルからも、鱗形屋(片岡愛之助)の去り際が描かれることが予想された。気になったのは、「置き土産」の文字。一体、鱗形屋は何を残していったのか。
蔦重(横浜流星)にとって、『吉原細見』の改に抜擢してくれた鱗形屋は、最初の恩人とも呼べる人だった。どうしたら売れる細見が作れるか。どうしたら「面白くない」と言われていた青本を蘇らせることができるか。ともに『金々先生栄花夢』のネタを話し合う2人の楽しそうな顔を思い出す。
そんな心から本作りが好きな鱗形屋のもとで育ったからこそ、蔦重はこの道の面白さを知り、才能を開花させていくことができたといっても過言ではない。しかし、それゆえに次第に経営が苦しくなっていく鱗形屋としては、めきめきと頭角を現して波に乗っていく蔦重の姿に複雑な思いを抱くのも無理はなかったのだろう。かわいさ余って憎さ百倍とは、まさにこのこと。
鱗形屋のつまづきとともにやってきた好機に心苦しさを感じていた蔦重。そんな蔦重を憎むことでしか踏ん張ることのできなかった鱗形屋。気づけば周囲も蔦重の仲間とそれを面白く思わない市中の本屋たちという対立構造ができあがっていった。もちろん鱗形屋も本屋たちの一員に。しかし、いよいよ鱗形屋が廃業するという時になって、憎き蔦重が須原屋(里見浩太朗)を通じて鱗形屋の細見を仕入れていたことが明かされるのだった。
嫌われ役を担ったまま、ひそかに恩を返すべく動いていた蔦重の粋なはからいに、心を動かされた鱗形屋。ならば、こちらも去る前に蔦重にできることをと鱗形屋は蔦重に宛てた手紙をしたためるのだった。その内容は、新作の案思に苦戦している恋川春町(岡山天音)を鶴屋(風間俊介)から「かっさらってくんねえか?」とけしかけるもの。鶴屋に預けることになった春町を蔦重のもとで書かせるようにしていこうという“置き土産”だ。
しかし、状況的にも鱗形屋が直接働きかけるのは全員に対してなんとも無粋なことになってしまう。それを避けるためには、春町が自らの意思で蔦重を選ぶようにと仕向けなければならない。それには春町が書かずにはいられない案思を提示することが必須条件だった。そして、きっと蔦重ならうまくやってくれるはずだと見込んでのことだった。
「かっさらうのはお手のもんだろ?」なんて、どこまでも素直になれない鱗形屋の言葉を、息子の長兵衛(三浦獠太)が「それに蔦重なら誰もやってねぇあんじを思いつくんじゃねぇかって」と補う。一方、蔦重も鱗形屋の思いをくんだ上で「ひとつ、俺と案思を考えてくれの鐘」と返事を送る。そこに、長兵衛から「恋川春町が食いつく案思、それを一番わかってるのは親父だろって」との補足もつくところも“わかっているな”と思わせる流れ。
「そんなもん、お安い御用の丑ってもんよ!」と、文字通り一肌脱がずにはいられなくなった鱗形屋。春町の前に鱗形屋がやる気にさせられているのがなんともおかしかった。それは、鱗形屋が誰よりも本作りが好きなことを知っていた蔦重だから引き出せた顔だ。
そこから始まったアイデアの出し合いは、観ているこちらまで口角が上がってしまう微笑ましい展開だった。周囲も巻き込んでどんどん盛り上がっていくさまは「友情、努力、勝利」なんて言葉が脳裏にちらつく勢い。しかし、自分たちが『金々先生栄花夢』によって作り出した青本ブームでパッと思いつくネタはだいたい使われているものばかり。だが、そんな苦戦する時間さえも愛しくてたまらないといった雰囲気。
「いっそ絵から考えるってのは?」と、突破口を開いたのが前回戻ってきた歌麿(染谷将太)というのも、蔦重が繋いでいった人の縁がまたこうして新たな物語を作っていくのだと象徴しているようで、なんとも粋だ。歌麿の絵師らしい思いつきから生まれたのは「100年先の江戸」というネタ。100年先など誰も知るよしもない。ましてや、春町にしか思い描けない奇想天外な100年先の江戸など、どの本にも存在しない。そして、鶴屋に「古い」と言われた恋町に「未来」をぶつけていくところにもしびれた。
「俺は春町先生のそれが見てぇんですよ」
鱗形屋が「かっさらうのが得意」と言わずにはいられなかったのは、相手の心にグッとくる言葉を本能的に嗅ぎ分けてぶつけることのできる蔦重の人間力のことを言っていたように思う。ときには自分が嫌われ役になってでも、相手の情熱を燃やさずにはいられない導火線に火を付ける。もはや一度気持ちに火がついたら、それを消すなどなかなかできるものではない。
ついに蔦重のもとで書くことを決心した春町が、けじめをつけるために鱗形屋へ頭を下げるシーンでは、思わず手を上げて喜んでしまいそうになるも慌てて平静を装おう鱗形屋がとても愛らしかった。まさか蔦重と鱗形屋が手を組んでいたとは知らない春町に、真相を明かさないという秘密の共有もまた、2人の絆をより一層固くした。