スタジオジブリの“いい男”はハクやハウルだけじゃない 『紅の豚』ポルコの“大人の魅力”

 どんな状況でも取り乱さず、淡々とした立ち居振る舞いを崩さないポルコの姿は、ともすれば無骨なタフガイに映るかもしれない。だがその落ち着きには、他者との距離を慎重に測ろうとする繊細さが隠れている。

 たとえば、徹夜で設計を続けたフィオに向かって、「徹夜はするな。睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに美容にもよくねぇ」と茶化すように口にする場面。軽口に見せかけながらも、そこにはポルコならではの思いやりがにじんでいる。

 そんなふうに、ポルコは相手を気遣いつつも、過剰にならない距離感を保つのがうまい。自分の見た目への他人の視線すら冗談で受け流すようなシーンも多く、そこには「豚であること」を逆手に取った、大人のユーモアが漂っている。

 軽口や皮肉で自分を武装しながらも、その内側にあるのは、過去の痛みや喪失を抱えたまま、それを誰にも押し付けない強さだ。第一次世界大戦の余韻が色濃く残る時代を背景にしながらも、この作品がどこか軽やかに映るのは、重い過去を抱えながらも、その重さにとらわれずに生きるポルコという存在が中心にいるからだろう。誰よりも深く沈んだことのある人間だけが、あれほど自由に空を飛べるのかもしれない。

 だからこそ、ラストにも深く頷けるものがある。カーチスとの決闘を経たポルコが、何を得て、何を手放したのか。それは明確に語られないまま、観客はその行間に思いを巡らせるしかない。

 しかし、再び空へ戻っていくあの背中には、過去の痛みを引き受けた者だけがまとうことのできる、どこか晴れやかな気配が漂っている。そこにあるのは、派手な魔法でも、完全無欠のヒーロー像でもない。不器用でも、自分の信念を貫いて美しくあろうとする大人の姿だ。

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 その強さと優しさは、歳を重ねた者ほど沁みるのかもしれない。ポルコ・ロッソは、こんなにもカッコいい男だったのだと。

■放送情報
『紅の豚』
日本テレビ系にて、5月9日(金)21:00〜22:54放送
※ノーカット放送
声の出演:森山周一郎、加藤登紀子、岡村明美、桂三枝(現:桂文枝)、上條恒彦、大塚明夫ほか
脚本・監督・原作:宮﨑駿
音楽:久石譲
©1992 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NN

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