『サンダーボルツ*』になぜ惹かれるのか? はみ出し者たちだからこそ“共感”できる物語に
不器用な彼らだからこそ“共感”できる物語
本作が冒頭で描くのはエレーナの鬱屈した気持ちだ。感情の行き場もないし、なんと言ったらいいかわからないが漠然と感じ続ける“しんどさ”。そのメランコリーが『サンダーボルツ*』という作品にとって非常に大切な要素になっている。これまでのMCUにも、キャラクターの葛藤を通してメンタルヘルスに触れてきた作品がなかったわけではない。ただ、こんなにも実直にそこをテーマにする作品も異質で、何より誰からも求められなければ「負け犬」と後ろ指をさされる彼らだから語れる物語であり、共感できる感情が本作の最大の魅力と言える。
個人がそもそもイシューを抱えているのに、急にチームアップするなんてきついし、それぞれの倫理観も会話の仕方も違うので、コミュニケーションにおけるストレスも大きい。特に彼らはコミュ力お化けのアレクセイ以外、むしろそっとしておいてほしいタイプだ。よくわからない者たちが集まっても、いろんなことが最初はいかない。観ていて「あー、今絶対バッキーしんどいだろうな」などキャラクター目線に立って物語が追える。前提が違う者同士が急に同じ空間に放り込まれることの苦痛は、新生活が始まる春にみんな一度は感じたことがあるだろう。
本作はそういう現実の怠さのようなものに変なフィルターをかけず、キャラクターたちがそのまま代弁してくれる。その“しんどさ”がみんなにあって、普遍的なことなんだ、ということを教えてくれる。それは、そこに立ち向かうための勇気を描くことと同じくらい、本質的で大切なことなのだ。そして、その怠さやままならなさの中でも、不器用な彼らが諦めずに、彼らなりに向き合っていく姿が愛おしい。それぞれ看板作品があったわけではないのにもかかわらず、こんなに彼らの人物像が深掘りできるのは、それだけキャラクターのバックストーリーが重く、魅力があるということなのだ。
そしてエレーナが代表的になって吐露する孤独や“しんどさ”、息が詰まるような閉鎖的な気持ちには、ポストコロナ以降の作品特有の雰囲気があって、地球のどこにいても、こんなふうに憂鬱さから簡単に抜け出せなかった時があったことを思い出させる。まさに人類が共通して持つトラウマ的な時間であり、それはニューヨークがチタウリに襲われた時のこと、サノスによって人口の半分が消し去られた時に彼らが味わった気持ちでもあるのだ。現実で我々が“しんどさ”を抱えたように、MCUの世界の人間も簡単に忘れられない痛みを抱えていることを改めて描くことで、サンダーボルツ*のメンバーを含めたその世界の住民に対する共感力が増すようになっている。あえて地に足のついたテーマを選択したことも含め、改めてものすごい映画だなと実感する。
そんな彼女たちが出会う、謎の男ボブ。そして本作で再び都市を恐怖に陥れる、“アベンジャーズを超越する史上最強の敵”。クライマックスシーンはA24作品を彷彿とさせるトリッピングな演出と、迫力抜群のスタントに圧倒される。それでもやはり、キャラクターの叫びと痛み、誰かに見放されてきた不器用な者たち同士が包み込む“心の抱擁”に泣けてしまう、そんな作品だった。
彼らはみな、過ちを犯してきた。その過去は消えない。ヒーローでもないし、最強でもない。でも、やるしかない。そんな彼らを見つめるからこそ目頭が熱くなる、胸に強く刺さる物語が『サンダーボルツ*』にはある。そして、ここから次のアベンジャーズがはじまるのだ。
■公開情報
『サンダーボルツ*』
全国公開中
監督:ジェイク・シュライアー
出演:フローレンス・ピュー、デヴィッド・ハーバー、セバスチャン・スタン、ワイアット・ラッセル、オルガ・キュリレンコ、ハナ・ジョン=カーメン、ジュリア・ルイス=ドレイファス
日本版声優:田村睦心、白石充、大塚明夫、藤貴子、鈴木達央、田中理恵、中村千絵、梶裕貴、伊瀬茉莉也
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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